2003年8月11日月曜日

お月様が三角になった話

夜になるのが待ち遠しかった。
寂しい道化師もめずらしく自分から遊びにきてそわそわしている。
そう、今夜は花火が上がるのだ。
日が沈むのに合わせ、ぼくたちは黒猫の塔のてっぺんに上がった。
特等席だ!
高いのが怖い小父さんも、ぼくや道化師の誘いに負けてやってきた。
ヒュー ドーン
一発目を合図に次々と色とりどりの花火が満月の真下で開く。
小父さんは「ドーン」のたびにビクッとしている。
そしてひときわ大きな花火のひときわ大きな「ドーン」と同時に
真上の満月は三角形になった。
小父さんは、と言うと 気絶していた。

2003年8月10日日曜日

お月様を食べた話

ビスケットのかけらが落ちていたので
拾って食べたら案の定小父さんにコツンとやられた。
「少年、いやしいぞ」
「ゴメンナサイ。でもこのビスケットかたくて・・・」
ぼくは口からビスケットを出した。
小父さんはそれを拾いあげるとひぃっと息を飲んだ。
「おい、飲み込んでないだろうな」
「うん、たぶん」 「これは私の・・・」
「?」
「あー、一部だ。どんな味がした?」
「香ばしくて甘かったよ」
小父さんはなぜか機嫌がよくなって、ハッカ水と本物のビスケットを買ってくれた。

2003年8月9日土曜日

土星が三つできた話

今夜は仮装パレードだ。
ぼくはずっと前から土星になろうと決めていた。
ずいぶん苦労して頭にかぶる輪っかを作ったんだ。
通りに出ると仮装した人でいっぱいだった。
「あ」
「どうした?」
ピーナツ売りはマジシャンの格好だ。
いつも手品をやってるから仮装ではないような気もするけど。
「あの人見て」
少し前を歩いている背の高い男の人がぼくと同じような輪っかを頭につけていた。
とても目立ってる。
「いやー」
ぼくのすぐ後ろで小さい子の泣き声がして振り向いた。
その子も輪っかをかぶっている。
ぼくとおそろいなのがお気に召さないらしい。
やれやれ土星が三つだ。
でも、月の仮装をした人は28人もいたんだ。
あちこちお月さんだらけでピーナツ売りは大笑いだった。
でもこのことは小父さんには内緒。

2003年8月6日水曜日

赤鉛筆の由来

寂しい道化師は、両手にのるくらいの木箱をもって来た。
「たからばこ」
「見てもいいの?」
道化師は大きくうなずく。
箱の中はすてきなものでいっぱいだった。
ビー玉やビンの王冠、セミの脱け殻や新聞の切り抜き
外国の切手に、まつぼっくり、石ころ
ガラスのかけらとボタン、壊れた真空管。
道化師はよろこぶぼくを嬉しそうに見ていた。
その中に小指の先ほどにちびた赤鉛筆を見付けた。
「これはなに?」
おしゃべりが苦手な道化師は身振りを交えて語る。
まるですばらしい芝居を見ているようだった。
それは小さくて悲しい恋物語。

2003年8月4日月曜日

月夜のプロージット

「乾杯!」
ぼくたちは、夜風の中、乾杯した。星の降り積もった廃ビルの屋上で。
ぼくはハッカ水、小父さんはジンジャーハッカ水。
ピーナツ売りはビールで、寂しい道化師はアイスレモンティー。
ひょっこりついてきた、ねこのトーマにもミルクをやった。
ピーナツ売りが、それはそれはたくさんのピーナツを持ってきたのでツマミの心配はない。
「はたしてお月さん、今夜の乾杯のわけをお聞かせ願いましょう」
ピーナツ売りがまじめに聞いた。
そう、ぼくやピーナツ売りや道化師(と、ねこのトーマ)は誘われるまま、ここに集まったのだ。
小父さんは気取ってこう答えた。
「まだわからないのかね、諸君。見よ、こんなにも月が美しい!」

2003年8月3日日曜日

黒い箱

久しぶりに訪ねた寂しい道化師のアトリエはすっかり片付けられていた。
大きな黒い箱ただひとつを残して。
「どこに行ったんだろう」
「旅に出たんだろう。路上で芸をしながらなんとかやっているさ」
小父さんはそう言いながらも心配顔だ。
「旅に出るなら教えてくれればいいのに……」
ぼくは黒い箱に近付き、重い蓋をずらし覗きこんだ。
「小父さん、来て!」
ぼくは小声で叫ぶ。
中を見た小父さんとぼくは顔を見合わせ静かに蓋を戻した。
道化師は膝を抱えて寝息を立てていた。

三日後、道化師は新しい芸を見せてくれたんだ。

2003年8月1日金曜日

A ROC ON A PAVEMENT

石が落ちていた。
不自然なくらいまんまるなそれをそっと拾い上げた。
ぼくはすぐに気づいたのだ。
小父さんの石によく似ている、と。
ぼくは小父さんではなく、フクロウにその石を見せることにした。
なんとなく、小父さんに見せるのは気が引けたから。
{これは・・・火星であろう}
「火星!」
{おそらく近くまで来たついでに散歩でもしているのであろう}
「返さなきゃ!」

火星はまだ見つからないので、チラシを作った。
[尋ね人Mr.MARSMANー丸き もの、当方で確かに預かりし。
すみやかに取りに来らるるべし]