2020年3月27日金曜日

a ship sunk in scent (英訳版 香りに沈んだ船)

a ship sunk in scent

 That was a long time ago, or another time.
 A number of mysterious pieces of wood were washed up on a certain island.
 It's as light as a feather in your hand, but sinks when you put it in water. And as I put it in my pocket, a beautiful scent rises up from a piece of wood warmed by human skin.
 Fascinated by this fragrant piece of wood, the people of the island set out on a voyage. He desperately wanted to know where the piece of wood had come from.
 He goes around from port to port, asking if anyone knows what this tree is. The person who asked also wanted to leave the fragrant and mysterious tree and joined the journey. The voyage, which began on a small island, soon became a large group of people.
 As the ship fills up with people, a scent similar to that of a piece of wood begins to waft in the air. The ship advanced toward the scent.
 It was a well flourished port. There were buildings in the harbor town that were filled with people. The ship continued on its way, even when it was on land, toward the most powerfully scented building. The ship was silently swallowed up by that building, which the inhabitants called a "fortress".

Japanese 香りに沈んだ船

2020年3月20日金曜日

どうなっているんで、すか

「消えず、見えず、インクの、旅の人、ですね」
話し方と同じく、物腰もやわらかな人だった。
「ここは、これまで転移してきた、どこよりも、不思議なところです」
真似してゆっくり話そうとするが、興奮と混乱と、そしてやっと人に会えた安堵で、思うほどはゆっくり話せない。
「そうでしょう、そうでしょう。私の、家に、いらっしゃい。鳥さんも、一緒に」

青い鳥を抱きかかえ、ゆっくりの人に付いていく。歩くのも、ゆっくりだった。
太陽も月もあんなに速いのに、人はこんなにゆっくりなのか。

ゆっくりの人の家は、地下にあった。
その入り口は、島を一周しただけでは気が付かない、小さな穴だった。
地下の通路の向こうに、立派な扉があった。
扉の向こうは、広々とした家だった。すべてが整えられ、きちんとして、穏やかだった。
「この、島は、どうなっているんで、すか?」(358字)

2020年3月15日日曜日

鳥の墜落

「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
 「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」

青い鳥も青い鳥なりに混乱しているらしく、やめろと言っても人探しをやめない。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
 「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」

己の声が続いて聞こえるのが不思議で仕方なく、やめられないらしい。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
 「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」

混乱は混迷を極め、青い鳥はポトリと肩から墜落した。
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
 「鳥! 鳥! 大丈夫か」

「小さな、声で、ゆっくり、話すと、よいですよ」
と穏やかな声が背後から聞こえた。(333字)

2020年3月10日火曜日

自動輪唱

時間が違うのか。
小さい島なのか。
人はいないのか。

疑問がたくさん出てきて、強い不安感に襲われる。
そうしているうちにまた、勢いよく月が動き、あっという間に太陽が顔を出した。

人を、探さなければ。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
青い鳥が唱える。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
一呼吸、いや、もっとすぐだった。
青い鳥の声が後ろから聞こえてきた。青い鳥の声が島を一周したのだ。(210字)

2020年3月5日木曜日

波と歩く

歩き始めてすぐに思いついて、×印を目印に砂浜に描いた。
ここが本当に島なのか、どのくらいの広さなのか、確かめるために。

それから、ひたすら砂浜を歩いた。
砂を踏む感触や音、波の様子におかしなところがないか、注意を払う。
青い鳥は肩の上で静かにしている。

砂浜の感触は、変わったところはなかったが、波が気になりだした。
ここに来てからずっと波を見て、波を聞いていたのに、気が付かなかったとは、不覚だ。
波が、速い。太陽が沈む速度、月が昇る速度が速いことに気が付いた時に、わかるべきだったのに。

「歩く」という自分のリズムが、波のリズムと違いに気づかせたのだろう。少し速足にしてみる。まだ波が速い。波に合わせて駆けてみると、すぐ×印に戻ってしまった。(315字)

2020年2月24日月曜日

せっかちな太陽と、月の勢い

この島の夕日は、速度が速すぎた。
2倍速、3倍速で沈んでいき、一気に深い闇がやってきた。街灯はない。
幸い、心細いだけで寒くはなかったので、じっとしていることにした。何も見えない中で動いてもよいことはないだろう。

波音だけの世界でじっとしていると、今度は満月が勢いよくのぼってきた。「月だ」と思ったら、もう高く冴え冴えと輝いている。
青い鳥は、月夜を浴びて、昼間とは別の美しさを見せている。

白い砂浜に移る自分の影と青い鳥の影を見て、少し歩いてみても大丈夫な気がして、立ち上がる。
「懐中電灯を与える者はおらぬか、なんて言わなくてもいい」と青い鳥によく言い聞かせながら歩き始めた。

満月に照らされながら、波打ち際を歩く。(303字)

2020年2月18日火曜日

夕暮れのない海

「消えず見えずインクの旅券を持つ者に、色眼鏡を与える者はおらぬか!」
青い鳥が青い空と青い海のもとで、これ以上ないくらい青い羽を輝かせながら、朗々と呼びかける。
が、広すぎる空と海、風と波音にその声はさらさらと吸い取られていく。

なにしろ、人の気配がない。
「人がいないようだから、無理に喋らなくてもいい」
と言うと、青い鳥は存外に素直に黙った。

日差しを避けるものが全く見当たらない。あっという間に肌が焼けそうだ。サングラスか帽子があれば助かるのも確かだが、この独りぼっちも、悪くない心持ちだった。

波が来そうでこないあたりに腰かけて、ずっと海を見ていた。いくらでもこうしていられるような気がした。もうずっと、人の世話になりっぱなしで、鳥の世話にもなりっぱなしで、こうしてぼんやりするような時間は久しぶりなのだと気が付いた。

どれだけ経ったのかわからない。少し日が傾いてきたか?と思ったら、あっという間に夜になってしまった。
「夕暮れ」が、短すぎる。(417字)