遠い昔、或いは、別の昔の話だ。
ある島に不思議な木の欠片がいくつも流れ着いた。
手に取ると羽のように軽いのに、水に入れると沈む。そして、懐に入れていると、人肌で温められた木片から、たとえようのない美しい香りが立ち上ってくるのだった。
香り高いこの木片に魅せられた島の人々は、航海に出た。木片がどこからやってきたのか、どうしても知りたかったのだ。
港から港へ、「この木の正体を知る人はおらぬか」と尋ねて回る。訊かれた人もまた、香り高い不思議な木から離れがたくなり、旅に加わった。小さな島から始まった航海はいつしか大所帯になっていた。
あと犬一匹でも増えたら沈みそうなくらいに、船が人でいっぱいになる頃、木片とよく似た香りが漂い始める。船は香りのするほうへ進んだ。
よく栄えた港だった。港町には、人が溢れるように住む建物があった。もっとも強く香るその建物に向かって、陸に上がってもなお、船は進み続けた。住民から「要塞」と呼ばれるその建物に、船は静かに飲み込まれた。
英訳版 a ship sunk in scent