シャツを脱ぐ。左腕の内側。薄っすらとだが、それがあることがわかる。
「背中にもあるはず」というと穏やかな人が、ゆっくりと背中に回る。
ゆっくりとではあるが、動揺が伝わってきた。不可避の別れを悟ったのだろう。
細い指が背中をなぞる。
「日付とIDと街と、罪が……読めます」
どうやら背中のインクのほうがよく浮かび上がっているようだった。腕の内側は、判読できない。己で見えるほうは読めないというのは、何か理由があるのだろうかと勘繰ってしまう。
「IDを、書き留めて欲しい」
読めないIDカードと太ももに。若者の名前の隣に。
そういえば、穏やかな人にカードを見せたことはなかった。なんと、ちゃんと読めるという。
「それでも、書いて欲しい」
穏やかな人が書いたものは、読める。
「同じ文字なのに」と穏やかな人は笑う。少し寂しそうに笑う。
この字を見るだけで、いつでもここの暮らしを思い出すことができそうだ。
「消えず見えるインクの旅券を持つ者あり! この者を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
初めのうちゆっくり唱えていた青い鳥だが、だんだんと早口になってきた。