2003年7月30日水曜日

どうして酔いより覚めたか

また小父さんがココアで酔っ払った。小父さんはフラリと外へ出ていき、コウモリが後を追った。
「ココアのいたずらにひっかかるなんて、だらしがないねぇ」
{さようなことは言いなさんな}
フクロウが笑った。
ぼくはほかほかしてくるのを感じながらまくしたてる。
「らって、おじしゃんなんらから、おしゃけでよっぱらうのがほんとうれしょ」
{ほら、口がまわってない}

すっかり酔いが覚めて戻ってきた小父さんはぼくを見て大笑いした。
でもぼくは小父さんのように数十分では覚めなくて
はちみつ入りホットワインを飲まされた。

2003年7月28日月曜日

月の客人

「ラングレヌス」
小父さんがコウモリ傘を差して降りてくる、そのシルエットは毎晩見ていても飽きない。
でも今日はちょっと違うぞ。なんだか大きな荷物でも抱えているような。

小父さんが抱えていたのは、赤ん坊だった。
「預かっていたのだが、連れてきてしまった。……あー最近知り合ったんだ。当たり前だな、生まれたばかりなんだから」
小父さんは小さなお客さんの接待に戸惑っているらしい。そんな小父さんにかまわず赤ん坊は言った。
「お初にお目にかかります」
スッと差し出された手は力強くぼくの指を握った。
「ハジメマシテ」
「何して遊びますかな?……その前にミルクを頂戴できますか?熱すぎないように温めて下さると有り難い」
ちょびっとのミルクを程よく温めるのはなかなか難しい。小父さんが様子を見に来た。
「だいじょうぶ。もうすぐできるよ……あの子、ずいぶん丁寧な赤ちゃんだねぇ」
小父さんはキョトンとして答えた。
「何?ただエンエンとうるさく泣いているだけではないか」

2003年7月26日土曜日

ニュウヨークから帰ってきた人の話

「アタシね、長いことニュウヨークにいたの」
マネキンは斜め上を見上げたまま言った。「ニュウヨークではじめて着た服はワインレッドのスカート。通りを歩くたくさんの人がみんなアタシを見るの」
ニュウヨークもワインレッドもよくわからなかったけど、マネキンが昔は違う町にいたことが、ぼくには驚きだった。
「毎週違う服を着たのよ。でも今は一年中空色のワンピース。ずっと同じポーズのままで……でも、アタシここが好き。坊やとおしゃべりできるもの」
ぼくはどう答えたらいいのかわからなくて「うん」とだけ言った。

2003年7月24日木曜日

真夜中の訪問者

寂しい道化師が部屋にやってきたのは一時くらいだと思う。
どこかの家の時計がボーン、と一度だけなったのが聞こえてまもなくだったから。
ぼくはそのまま寝たフリをしていた。
道化師は、ぼくの頭をそっと撫でていた。
しばらくそうした後、少し踊った。薄目を開けて、そっと見ていたんだ。
道化師は音を立てずに踊る。まるで誰にも踊っているのを気付かれたくないみたいに。
それからもう一度ぼくの頭を撫で、おでこにキスして帰っていった。

2003年7月22日火曜日

自分によく似た人

彼はわざわざ帽子を脱いで話し掛けてきたのだった。
「坊やかい?お月さまと毎晩遊んでるのは」
やさしそうな男の人だ。
あつらえ物だろう、仕立てのよさそうな服を着ている。
白髪の混じる頭からはびっくりするぐらいいい匂いがした。
「ハイ」
どきまぎして答えた。
「私もきみくらいのころよく遊んだんだ……達者にしているのだろうね、お月さまは」
「はい、とても」

その晩、昼間の紳士のことを話すと小父さんはとても喜んだ。
「そういえば少年は子供の時の彼とよく似ているなあ!」
ぼくは小父さんに頭をわしゃわしゃと撫でられた。

2003年7月21日月曜日

THE WEDDING CEREMONY

真夜中というのに人が大勢集まっていた。
人々をぐいぐい押し分けて輪の中に入っていくと白くやわらかな物にぶつかった。
ぼくは顔をあげて青くなった。結婚式だ。
なんと白いドレスの花嫁さんにぶつかってしまったのだ。
小父さんがぺこぺこしながらぼくを連れ戻しにきた。
花嫁さんは小父さんの顔見るなり声を上げた
「まあ!あなたは!」
となりにいた新郎が続けた。
「お月さま!なんて光栄なことだろう。ぼくたちは、月明かりの下で結婚したくてわざわざ満月の夜を選んだのです。」
小父さんが照れると、月光は一段と明るくなった。

2003年7月20日日曜日

銀河からの手紙

朝、ポストに不思議な封筒が入っていた。
文字は見たこともなく、切手は真っ黒だ。
ぼくは部屋に戻り、封を開けてみることにした。
文字は読めないけど、ポストに入っていたんだからぼく宛に違いない。
ところがペパーナイフを使ってもハサミ使っても、破ろうとしても封筒は切れない。
あちこち触ってみた。なにか切り口がないかと思って。
そのとき、封筒は音もなく開いたのだ。
(あとで知ったのだけれど黒い切手がスイッチになっていたんだ)
でも、やっぱり便箋に綴られた文字を読むことはできなかった。

その晩、ぼくは小父さんにその手紙を見せた。
「銀河からだ」
小父さんは手紙を読み上げようとして、やめた。
「少年には必要のない手紙だ」
「でも、ぼくに来たものだ!」
「これは……私の悪口が書いてある。銀河め、なんてことを!」