2003年5月29日木曜日

突き飛ばされた話

「どうしたんだ?少年。キズだらけてはないか」
ここ数日、ぼくは何度も転んで体中がアザや擦り傷だらけになっていた。
「具合がわるいのか?」
「そんなんじゃないよ」
心配顔の小父さんになるべく陽気に答えた。
「なにかに背中を押される感じなんだ。でも後には誰もいないの。おかしいでしょ?」
小父さんは変な顔をしている。
「ちょうどここだよ、昨日転んだのは」
するとドシンと背中を押されて、なんと3メートル先の地面に叩きつけられた。
怪我はフクロウが治してくれたけど電燈に笑われた。
小父さんはどこかにいなくなっていた。

2003年5月28日水曜日

黒猫のしっぽを切った話

「黒猫だ!」
小父さんはベベを急停車させ、急発進した。
ぼくの身体はガックン、と大きく揺れた。
「どうしたの?」
「あれを追い掛けるぞ」
小父さんの顔は真剣だ。
路地に入り、小さな角をいくつも曲がった。
やがて諦めたのか黒猫は逃げるのをやめた。
「よぉ、182年振りだなぁ」
「もう、勘弁して下さい」
混乱するぼくにむかって小父さんは言った。
「少年、そいつのしっぽを切るんだ」
黒猫はぼくに尻を向けた。
小父さんに渡されたハサミでパチンとやると黒猫は言った。
「これであと200年は生きることになってしまったよ」

2003年5月27日火曜日

SOMETHING BLACK

小父さんが上着のポケットをごそごそとひっかきまわていた。
「どうしたの?」
「ちょっと見当たらなくて……」
「さっき上着脱いでたから、落としたのかも」
街のカフェでケーキ食べた帰りなのだ。
ぼくはチョコレートケーキを食べ、小父さんはエクレアを四つも食べた。
その後、熱いコーヒーをブラックで飲んでいた。
そのコーヒーを味見してみたけど、熱いし苦いし、もう飲まない。
「で、何が見当たらないの?」
「……黒くて」{失すと一大事}
フクロウが大げさに騒いでみせた。
「そう、大変……。あ、あった」
「見せて!」
「駄目」

2003年5月26日月曜日

ある晩の出来事

ある新月の晩(新月の日小父さんは来ない)街をブラブラしていると、空色のワンピースを着せられたのマネキンに話し掛けられた。
「坊や、お月さまと友達なんですって?」
「そうだよ」
「ねぇ?今度お月さまをここに連れてきてちょうだい」
「なんで?」
「アタシもお月さまと仲良くなりたいの」
マネキンは腰に片手をあて斜め上を見上げたまま続けて言った。
「ねぇ、お月さまってどんなタイプが好きなのかしら?坊や、知らない?」
「知らない。じゃあね。おばさん」
「やっだ、お姉さんって呼んでよ」
もちろん、ぼくは無視したさ。

2003年5月25日日曜日

月光鬼語

「話し掛けてみな」
満月の晩、ピーナツ売りから煙草を買った帰り道だった。
「え?誰に?」
周りには誰もいない。
「足元だ」
満月の明かりでできたぼくの影。
「や、やぁ。こんばんは」
[やぁ!こんばんは!]
影は立ち上がり威勢よく言った。
[いつもありがとよ!踏ん付けてくれて!それから!そうやってオドオドするのやめろ]
「なんか意地悪だよ…この影」
「そりゃそうだ。これは鬼だ。少年の裏の顔がこの影に表れる。
こうやってたまには影の意見を聞くのもいいもんだ」
小父さんはニコニコして言うけど、すごく疲れるよ……。

2003年5月24日土曜日

IT'S NOTHING ELSE

きのうの晩は別に何もなかった。
小父さんが来て、一緒に街に行ってピーナツ売りの手品を見て
ピーナツ一袋(二十円)とシナモン煙草を買った。
ただそれだけ。
……本当のこと言えば、ぼくの誕生日だったんだけど。

2003年5月23日金曜日

A CHILDREN'S SONG

嵐の晩。小父さんはぼくの部屋にいた。
「帰らなくてもいいの?」
「こんな日は帰らなくても大丈夫。誰も困らない。」
それからしばらく、ぼくも小父さんもフクロウも黙って窓の外を見ていた。
風がうなり、木々がしなり、雨が地面を叩く。ゴミ箱が転がる音がした。
それはめちゃくちゃなようで、規則正しい。うるさいようで、静か。
「ふしぎだね。」
ぼくがつぶやくとフクロウが言った。
{子供の歌のようだ}
小父さんは何も言わずに煙草に火を付けた。
ミントの香りが広がった。