2002年8月31日土曜日

左手には黒い傘

帰り道。
彼がいつも買っていた缶コーヒーを飲んでみた。
思いがけず、甘かった。
はじめて、涙が出た。

2002年8月30日金曜日

千円

妹と俺は墓参りの帰りだった。
どこかで休憩しようかと言い合っていたとき、
妹が喫茶店を見つけた。
「ここでいいんじゃない?」
「そうだな・・・。ちょ、待った!コーヒー千円だって。普通、ありえないだろ?ほかを探そうぜ」
コーヒーに千円も出せない。俺たちは母に頼まれ、少しの駄賃で掃除をして線香をあげただけなんだから。
「高いけど、たまにはいいよ。入ろう!」
彼女は言いながらドアを開けた。
ドアの向こうに立っていた人を見て俺も妹も青ざめた。

10年たった今でも、千円は決して高くなかった、と思う。

2002年8月27日火曜日

茜珈琲

夕焼けの中、コーヒーを入れたら茜色のコーヒーができた。
なんだか勿体なくてなかなか飲めなかったけど、猫を膝に乗せて、正座して飲んだ。
一晩中、猫と話し込んだ。なんてすてき。

2002年8月26日月曜日

甘い罠

飲んでも飲んでも減らない極甘コーヒーを「もう飲めません。勘弁して下さい」
と泣きながら飲んでいたらコーヒーカップがぐにゃぐにゃになって、妻になった。
彼女は笑いながら朝食の後片付けを始めた。僕は逃げるように仕事に出かけた。
会社で買った自販機の紙コップコーヒーも笑いだした。妻の声で。
僕は生まれて初めて絶叫した。
自分の声で目が覚めた僕は妻に夢の話をした。

妻が出したコーヒーはいつもより甘かった。

2002年8月24日土曜日

マイ・珈琲in魔法瓶

コーヒーを魔法瓶に入れて車で出かけた。
いまどき、自動販売機やらコンビニやらでコーヒーはいくらでも買えるが、
やっぱり自分で作ったコーヒーが一番だし、コーヒーは自分てつくるべきだ。
行き先は決まっていない。
決めないのが決まりだ。
「次の角はどっちに行く?」
「うーん右にしようか?」
魔法瓶が答える。
なんたって俺のコーヒーだからな。

2002年8月22日木曜日

ある街のものがたり

オレは小さな通りを歩いていた。
数メートル先の地面がむくむくと動きだすのが見えた。
またたくまに亀裂ができて茶色い水が吹き出した。
辺りは大騒ぎになり、誰かが「下水道が破裂したんだ!」と叫ぶのが聞こえた。
オレは違うとわかっていた。
あの液体は汚水なんかじゃない、コーヒーだ。
オレは案外鼻が利く。
しばらくすると、ポットを持ってくる者まであらわれた。
駆け付けた消防や警察も戸惑っていた。
マスコミが喜び、学者は首を捻った。

今ではコーヒーの噴水は整備され、たくさんの人が訪れる。
通りは名所になり、街ができた。

2002年8月21日水曜日

SHE IS MINE.

彼女は僕を見つめる。
僕も彼女を見つめる。
それは日曜の朝食後のきまりだ。
コーヒーを飲みながら、彼女と見つめあう。
彼女はまばたきもせずに大きな瞳で僕に微笑みかける。
あぁ、僕はなんて幸せなんだろう。
コーヒーカップを片手に彼女に近付く。
波立つ髪を撫で、ほんのり紅い頬をつつく。
左手だけで彼女を抱こうとして、コーヒーをこぼした。
僕は染みだらけになった人形を床に叩きつけた。