幽閉されているビスケット城の塔で、牛乳を垂らしながら城を崩し食べ、崩し食べ、食べ飽きた頃に脱走したい。(51字)
2020年8月14日金曜日
手紙を書こう
通信の罰則がに軽微になったとはいえ、立派な身形の人のような「元旅人」は旅人の監視役を命じられたという。ただ、立派な身形の人は模範的な旅人だったとして、引き受ける旅人を選ぶことが出来たのだと、静かに語った。
「ありがとうございます。お礼を言うのも奇妙なことですが……」立派な身形の人は微笑むだけで言葉では答えなかったが、続けてこう言った。
「万年筆を返してもらいました。とても大切なものだったのです。二本ありますから一つ差し上げましょう。手紙を書くでしょう? 直ぐにでも」
そうだ。太ももにメモした若者の名前が消えぬうちに、今年の手紙を。
来年は、美しい人に。故郷に戻った美しい人の声を聴くにはどうしたらいいだろう。本当の声は挽肉を捏ねるような声ではないはずだから。
そして次の年は、オニサルビアの君に。老ゼルコバを偲んで、手紙を書こう。
手紙を書こう。
(完)(369字)
2020年8月11日火曜日
監視する人
電話ボックスの扉を開けたのは、まさに立派な身形の人だった。
促されて受話器を渡す。
「この若い旅の者と赤い鳥の監視を只今より開始します」
立派な身形の人と暮らす家は、前に住んでいたところと目と鼻の先だった。すでに部屋は設えられ、立派な身形の人の住まいに相応しい家具や調度品が揃えられていた。
「年寄との暮らしは煩わしいだろうけれど、辛抱してください」
赤い鳥は、ただの赤い鳥になったが、立派な鳥籠を用意してもらって喜んでいる。
食事は交代で作ることになった。旅の影響だろう、ところどころ五感がおかしいのは戻ってすぐから気が付いてはいたが、料理はその確認には最適だった。
この感覚の変化は研究の対象にもなるということで五日に一度、ラボに通うことになった。ラボもまた、目と鼻の先にある。いや、真新しいラボだから「出来た」というほうが正確だ。どうしても移動をさせたくないらしい。
罪を犯して旅をすることになったとはいえ、いまやそれが罪というのは奇妙なことである。ただ貴重な経験をしたに違いないことは確かだ。
立派な身形の人と毎晩のように語り合っている。
通信に続いて移動が罪となった。次は何が罪になるというのか……。(495字)
2020年7月29日水曜日
一年に一通
「年に一通だけ」
心臓が跳ね上がる。
「年に一通だけ、便りを出せるようになった」
「旅がここで終わったのは、その制度変更があったためだ」
「年に一通だけ。そして、かつて消えず見えずインクの旅券を持っていた者は、生まれ育った町から離れられない」
それは、つまり??
あの立派な身形の人。旅の途中で自らの居場所を決めたあの人は?
「旅を途中で終えた者も、生まれ育った町へ戻される」
電話の向こうが答える。まるで脳内を読まれたようだ。
「そんな!」
思いがけず大きな声が出た。
「手紙が書けないよりも、もっとずっと重い罰ではないのか!」
通りを歩く人に一斉に注目されるのがわかった。
「そう、世界は変わりました。通信より移動の罪が重くなったのです」
聞き覚えのある声だった。(320字)
心臓が跳ね上がる。
「年に一通だけ、便りを出せるようになった」
「旅がここで終わったのは、その制度変更があったためだ」
「年に一通だけ。そして、かつて消えず見えずインクの旅券を持っていた者は、生まれ育った町から離れられない」
それは、つまり??
あの立派な身形の人。旅の途中で自らの居場所を決めたあの人は?
「旅を途中で終えた者も、生まれ育った町へ戻される」
電話の向こうが答える。まるで脳内を読まれたようだ。
「そんな!」
思いがけず大きな声が出た。
「手紙が書けないよりも、もっとずっと重い罰ではないのか!」
通りを歩く人に一斉に注目されるのがわかった。
「そう、世界は変わりました。通信より移動の罪が重くなったのです」
聞き覚えのある声だった。(320字)
2020年7月25日土曜日
不変と変更
肌が焼ける匂いか? これは、パンケーキが焼ける匂いだ。腕はまだ痛い。
「かつて消えず見えずインクの旅券を持っていた者よ、聞こえているな」
青い鳥の声が話している。
「生まれ育ち長く暮らした町に戻ることが許された。罪の償いを終えたと認められた」
何か言わなければと思うが、うまく返事ができない。
「だが、以前と同じというわけにはいかないだろう」
「それはもう……気が付いている通り」
電話の向こうの声が変化する。これは、赤い鳥の声だ。
「何が変わり、何が変わらぬかは、我々も予想できない」
顏を上げると、赤い公衆電話に乗っているのは赤い鳥だった。
「久しぶり……」と呟くのに返事はなく、受話器の向こうの声は続ける。
「だが、変わったこともある」(309字)
「かつて消えず見えずインクの旅券を持っていた者よ、聞こえているな」
青い鳥の声が話している。
「生まれ育ち長く暮らした町に戻ることが許された。罪の償いを終えたと認められた」
何か言わなければと思うが、うまく返事ができない。
「だが、以前と同じというわけにはいかないだろう」
「それはもう……気が付いている通り」
電話の向こうの声が変化する。これは、赤い鳥の声だ。
「何が変わり、何が変わらぬかは、我々も予想できない」
顏を上げると、赤い公衆電話に乗っているのは赤い鳥だった。
「久しぶり……」と呟くのに返事はなく、受話器の向こうの声は続ける。
「だが、変わったこともある」(309字)
2020年7月13日月曜日
終わりの予感
青い鳥が電話機本体に飛び移る。目を合わせる。鳥は喋らない。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、聞こえているな」
受話器から聞こえるこの声は?
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を消えず見えずインクに当てよ」
シャツを捲り上げ、消えず見えずインクのあたりに受話器を押し当てる。
「痛!」
一瞬だが強烈な痛みだった。何が起こっているのかよくわからないが、旅が終わる。終わらされることを確信し始める。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を消えず見えずインクに当てよ」
次は腕にも当てろということらしい。もう一度痛みに耐えるための深呼吸をしてから受話器を腕に当てた。
「っく!」
ジュッと焼けるような音と匂いがした。匂い?(315字)
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、聞こえているな」
受話器から聞こえるこの声は?
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を消えず見えずインクに当てよ」
シャツを捲り上げ、消えず見えずインクのあたりに受話器を押し当てる。
「痛!」
一瞬だが強烈な痛みだった。何が起こっているのかよくわからないが、旅が終わる。終わらされることを確信し始める。
「消えず見えずインクの旅券を持つ旅の者よ、受話器を消えず見えずインクに当てよ」
次は腕にも当てろということらしい。もう一度痛みに耐えるための深呼吸をしてから受話器を腕に当てた。
「っく!」
ジュッと焼けるような音と匂いがした。匂い?(315字)
登録:
投稿 (Atom)