「こちらに御座します、消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
繰り返し赤い鳥が朗々と啼いているが、それらしき人は現れない。
「もう、いい。少し静かにしたい」と呟くが、赤い鳥はお構いなしのようだ。
この街に出てきたときの鳥籠にも行ってみたが、「もう役目は終えた」と言わんばかりの朽ち果てようだった。青銅色はその憂いを強くし、鳥籠のつなぎ目は緩み、今にも崩れそうだ。
そういえば、いままで同じ通りばかり歩いている。東西南北はよくわからないが、この通りを直角に貫く道を歩いてみることにした。
角を曲がると、ビルも道も青銅色に違いなかったが、何故か少し景色が明るく見える。
「こちらに御座します、消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
二十三回目の赤い鳥の台詞に、前を歩く人がこちらを振り返った。この街の人にしては、頬が赤い。
2019年1月5日土曜日
決意より先に
夫婦に礼を言い、赤い鳥を肩に載せて外に出た。左腕の消えず見えずインクのあたりをさする。
ここにしばらく留まるか、どこかへ行くか、まだ決められない。少しこの景色に慣れてみたいとも思うし、もうこんな青銅色の街は懲り懲りだとも思う。
しばらくあてもなく歩いた。足音が響く。この街の人と全く違う足音を立てて歩いていると、酷く惨めなような、不安なような気持ちに襲われた。
さっき食べたばかりのスープの温かさは、心からも身体からも消えて、冷めきった。空を見上げると、青銅色の雲がぽっかりと浮かんでいる。大きく息を吸った。
「こちらに御座します、消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
赤い鳥が大音量で啼いた。
ここにしばらく留まるか、どこかへ行くか、まだ決められない。少しこの景色に慣れてみたいとも思うし、もうこんな青銅色の街は懲り懲りだとも思う。
しばらくあてもなく歩いた。足音が響く。この街の人と全く違う足音を立てて歩いていると、酷く惨めなような、不安なような気持ちに襲われた。
さっき食べたばかりのスープの温かさは、心からも身体からも消えて、冷めきった。空を見上げると、青銅色の雲がぽっかりと浮かんでいる。大きく息を吸った。
「こちらに御座します、消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方を然るべき儀式で送る者はおらぬか!」
赤い鳥が大音量で啼いた。
2019年1月4日金曜日
見慣れない者を見慣れ始める
青銅色のスープとパンは、温かくはあったが、味はよくわからなかった。
よくわからなかったけれど、寒かったし、空腹だったし、不味くはなかったから、心底ありがたかった。
たぶん、この町では、ほかの家へ行っても、高級レストランへ行っても、やっぱりこんな朽ちかけた青緑色した食事が出てくるのだろうと思う。
「御馳走様でした。助かりました」
と、頭を下げる。すかさず、赤い鳥が「消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方は『馳走になった』と仰っている!」と歌うように言った。
夫婦は満足そうに頷いた。少し、この見慣れぬ容貌の人の表情がわかるようになってきた気がする。
よくわからなかったけれど、寒かったし、空腹だったし、不味くはなかったから、心底ありがたかった。
たぶん、この町では、ほかの家へ行っても、高級レストランへ行っても、やっぱりこんな朽ちかけた青緑色した食事が出てくるのだろうと思う。
「御馳走様でした。助かりました」
と、頭を下げる。すかさず、赤い鳥が「消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方は『馳走になった』と仰っている!」と歌うように言った。
夫婦は満足そうに頷いた。少し、この見慣れぬ容貌の人の表情がわかるようになってきた気がする。
2019年1月3日木曜日
万物の色相
その男女は、笑顔で何事か言うている。今まで聞いたことのある言葉とは似ても似つかない音声だった。錆びた歯車が軋むような発音だが、男女が親切で穏やかな人柄だろうということはわかり、安堵する。しかし、たとえ十年この町に留まっても、挨拶すらできるようになるとは思えない。
鳥は、どうやらこちらの言葉は訳してくれるが、向こうの言葉は訳してくれないらしい。
一方的に要望を喋り、赤い鳥が高らかに宣言するのを繰り返した。
二人は青銅色のビルの地下へと案内してくれた。
暖かい部屋だったが、何もかもが青銅色だった。家具も、壁も。
皿も、スプーンも。スープも、パンも。
赤い鳥だけが、赤かった。
鳥は、どうやらこちらの言葉は訳してくれるが、向こうの言葉は訳してくれないらしい。
一方的に要望を喋り、赤い鳥が高らかに宣言するのを繰り返した。
二人は青銅色のビルの地下へと案内してくれた。
暖かい部屋だったが、何もかもが青銅色だった。家具も、壁も。
皿も、スプーンも。スープも、パンも。
赤い鳥だけが、赤かった。
2018年12月16日日曜日
意志の疎通
どこか、暖かいところで、温かい食べ物を食べたかった。
このままでは病気になってしまうという危機感があった。
「鳥よ、温かい物が食べたい」
だが、赤い鳥は何も答えない。
赤い鳥は自分の意志は言うが、まともな会話が成立するわけではないと気が付くには、少し時間が掛かった。ちゃんと、通りの人々に聞こえるように質問しなければ。
「え~」
と言うやいなや、赤い鳥は叫んだ。
「こちらに御座します、消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方は、温かい食べ物を欲しておられる!」
この大仰な言い回しが赤い鳥独特なものなのか、人々にはどのように聞こえているのか、わからないことばかりだ。
だが、鳥の一声を聞いて、夫婦らしき二人組がこちらに向かってきた。顔貌が違っても、彼らが笑顔であることは、わかった。
このままでは病気になってしまうという危機感があった。
「鳥よ、温かい物が食べたい」
だが、赤い鳥は何も答えない。
赤い鳥は自分の意志は言うが、まともな会話が成立するわけではないと気が付くには、少し時間が掛かった。ちゃんと、通りの人々に聞こえるように質問しなければ。
「え~」
と言うやいなや、赤い鳥は叫んだ。
「こちらに御座します、消えず見えずインクの旅券を持つ旅のお方は、温かい食べ物を欲しておられる!」
この大仰な言い回しが赤い鳥独特なものなのか、人々にはどのように聞こえているのか、わからないことばかりだ。
だが、鳥の一声を聞いて、夫婦らしき二人組がこちらに向かってきた。顔貌が違っても、彼らが笑顔であることは、わかった。
2018年12月9日日曜日
鳥の役割
赤い鳥は、肩にとまった。そのまま付いてくる気のようだった。
どうやら、通訳をしてくれるらしい。追い返す理由はない。
育った街は捨てたに等しい。消えず見えずインクが消えない限り、あの街には戻れない。
この街も、望んで来たわけではない。だが、せっかくだから、少し探索してみようと思う。通訳もいることだから。
人々の視線を感じながら歩き、振り返ってあの鳥籠を見た。鳥も鳥籠も真っ赤だと思っていたが、今にも朽ち果てそうな青銅色だった。
改めて周りを仰ぎ見ると、建物の色も、道も、銅が朽ちかけたような青緑だった。
見慣れない姿の人々の服装も同じ色で、肌も青白い。それに気が付いた途端。ひどく寒気が襲ってきた。
肩の赤い鳥を胸に強く抱いた。
「旅のお方よ、少し力を緩めてはくれぬか?」
赤い鳥の甲高い声が、青銅色の街に響く。
どうやら、通訳をしてくれるらしい。追い返す理由はない。
育った街は捨てたに等しい。消えず見えずインクが消えない限り、あの街には戻れない。
この街も、望んで来たわけではない。だが、せっかくだから、少し探索してみようと思う。通訳もいることだから。
人々の視線を感じながら歩き、振り返ってあの鳥籠を見た。鳥も鳥籠も真っ赤だと思っていたが、今にも朽ち果てそうな青銅色だった。
改めて周りを仰ぎ見ると、建物の色も、道も、銅が朽ちかけたような青緑だった。
見慣れない姿の人々の服装も同じ色で、肌も青白い。それに気が付いた途端。ひどく寒気が襲ってきた。
肩の赤い鳥を胸に強く抱いた。
「旅のお方よ、少し力を緩めてはくれぬか?」
赤い鳥の甲高い声が、青銅色の街に響く。
2018年12月6日木曜日
簡潔な説明
鳥籠から出るかどうか、ずいぶん迷った。
人々の顔貌も、恰好も、見たことがないものだった。異国風というのとは、ちょっと違うように思う。
人間だけではなく、鳥や犬や猫と思しき生物も、見たことがない姿形なのだった。何故、鳥や犬や猫だとわかるのか、不思議である。
このまま、この真っ赤な鳥らしき生物と一緒に鳥籠に居たほうが、幾らか安全なのではないかと思ったが、向こうもこちらが珍しいようで、鳥籠の周りを囲まれてしまった。
人だけでなく、犬や猫も集まってしまった。
とてもこちらの言語が通じる人々だとは思えなかったが、何か言わなくてはと考えて
「え~」
と、声を出すと
「こちらに御座しますのは、消えず見えずインクの旅券を持つ、旅のお方である!」
と、赤い鳥らしき生物が、甲高い声で口上を述べた。
鳥籠の扉が重々しく開き始めた。
人々の顔貌も、恰好も、見たことがないものだった。異国風というのとは、ちょっと違うように思う。
人間だけではなく、鳥や犬や猫と思しき生物も、見たことがない姿形なのだった。何故、鳥や犬や猫だとわかるのか、不思議である。
このまま、この真っ赤な鳥らしき生物と一緒に鳥籠に居たほうが、幾らか安全なのではないかと思ったが、向こうもこちらが珍しいようで、鳥籠の周りを囲まれてしまった。
人だけでなく、犬や猫も集まってしまった。
とてもこちらの言語が通じる人々だとは思えなかったが、何か言わなくてはと考えて
「え~」
と、声を出すと
「こちらに御座しますのは、消えず見えずインクの旅券を持つ、旅のお方である!」
と、赤い鳥らしき生物が、甲高い声で口上を述べた。
鳥籠の扉が重々しく開き始めた。
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