2005年9月13日火曜日

染色

「さあ、こちらへ」と兎が扉を開けると、そこは常磐色の部屋だった。
常磐色の天井と壁、常磐色のソファーと常磐色の
「ここで何をするの?」
「あなたは、ソファーでゆっくり休めばいいのです」
私がソファーに腰を沈めると、足元からじわじわと常磐色になっていった。
黒いスカートも、紅梅色のシャツも常磐色になって、私は部屋に溶け込んだことを知る。
頭では怖いと思いながら、それを上回る心地よさに、私は目を閉じた。

【常磐色C82M0Y80K38】

2005年9月11日日曜日

英国人と思われる男が萌黄色の背広を着て、ステッキをついてやってきた。
「ごめんください」
と彼はなんの訛りもなく言った。
「お宅のお風呂を通らせて下さい」
「は?」
「わたくしが進むべき道と、この家の風呂場が重なっているのです。ご迷惑はかけません。通るだけですから」
私はよくわからないまま「どうぞ」と言った。
すると彼はその眩しい色の背広の内ポケットからハンケチを出して、靴の裏とステッキを丁寧に拭き始めた。
我が家の床よりあなたの靴の裏のほうが、ずっときれいです…と言いそうになったが、黙って見ていた。
ハンケチを畳み、ポケットに戻すと、彼は迷わず風呂場に向かい、扉を開け
「お邪魔しました」と頭を下げ去っていった。

【萌黄C38M0Y84K0】

2005年9月10日土曜日

じいさんのノート

異様な感触に一度手を引っ込める。
「あった……」
物置の奥から、ヌルリとした海松色のノートをようやく見つけた出した。
生暖かく濡れているような触り心地で、気色が悪い。何年もほったらかしのはずだが、埃はほとんどついていない。
じいさんが言うことは本当だった。
「物置にヌメヌメノートがあるから取ってこい。中は見るなよ」
全く意味がわからないと文句を言いながら、仕方なく物置を漁っていたのだった。
早速じいさんにノートを差し出すと、見たこともないような顔で喜んだ。
「で、それ何?」
「ヌメヌメノート。触るといい気持ちだ」
じいさんは、肌身離さずノートを撫で回している。
オレはその姿を見て自分の顔が歪むのを感じた。、
ノートには、たくさんの裸婦像が描かれているのを、しっかり見たのである。

【海松色C0M0Y50K70】

2005年9月9日金曜日

お出かけ

「明日の朝、迎えに参ります」と兎が言う。
翌朝、やって来たのは刈安色の自動車だった。
兎があまりにも怪しいので、乗り気ではなかったが
その自動車を見た私は、そんな気持ちをすっかり忘れてしまった。
「さあ、出掛けましょう」
兎は荷物をトランクに、私を後部座席に乗せた。
シートもハンドルも刈安だった。
兎は運転席に座るともう一度言った。
「さあ、出掛けましょう」

【刈安色 C0M3Y65K8】

2005年9月7日水曜日

16歳

初めて出会ったとき彼女は16歳だった。
彼女は空五倍子色の霞を漂わせていた。
「何か辛いことがあったの?」
と聞かずにはいられなかった。若い子には珍し色だから。それが僕の真ん中をひどく悩ませたから。
「そんなことない、です」
遠慮がちな彼女の声に合わせて、空五倍子色が僕の鼻腔をくすぐった。

【空五倍子色…C0M15Y40K50】

2005年9月5日月曜日

変わらぬ香り

ケガをした僕に二宮さんがくれた白いハンカチは、ずいぶん色が変わってしまったけど
いまも二宮さんと同じ匂いがする。

【薄香 C0M7Y25K5】

2005年9月3日土曜日

リスの栗梅

「おーい!クリムメや、クリムメや」
私が呼ぶと森の奥からリスが現れた。
「ご機嫌うるわしゅうございますね、タカシ」
クリムメは、私がリスに付けてやった名前である。
『お前は毛並みが美しいからして、クリムメと呼んでやろう。栗も梅も美味なる実を結ぶ』
初めて会った日に私がこう言うと、栗梅はたいそう喜んだ。
「本日のご用向きは何でございますか、タカシ」
「明日の風向きを教えて欲しい」
「明日は…北西の風、ケンジロウは機嫌好し、オカルは持病の癪、キンジは憂い気味、コウスケは穏やかな心持ち」
「そうか…オカルに会うのは止めておくとしよう。癪のオカルはオッカナイ」
クリムメは、ペコペコと頭を下げて森へ帰っていった。

【栗梅 C0C70Y70K53】