2004年3月5日金曜日

かぼちゃ

「かぼちゃ風呂か。珍しいな」
他に客はいなかった。
気ままな一人旅で、温泉や浴場を見つけては入った。
「いらっしゃいまし」
「え?」
「かぼちゃですよ、旦那」
「ひぇー、かぼちゃが口をきいた」
「まま、そんなに驚かないで。不思議な体験も、一生に一度くらいようござんすよ」
かぼちゃはなかなかいいテノールの声だった。その声に誘われて湯に浸かった。
かぼちゃはどこからか酒を持ってきて、私に勧め、その声でこの風呂の歴史を語った。
その後、私の背中を流した。
私がそろそろ上がる、と言うと、お土産が外に置いてあるから、と言った。
脱衣所のカゴには私の荷物の上にパンプキンスープの缶が載っていた。
寂れかけた風呂屋に似合わないハイカラな品に、吹き出してからハッとした。
風呂場に戻ると、かぼちゃは居なくなっていた。

2004年3月4日木曜日

リンゴ

ターンテーブルにリンゴを置き針を落とす。
カチ……ウィーン
"mother nature's son"に合わせてクルクル回りながらスルスル皮が剥けていく様は何度見てもうっとりする。

2004年3月3日水曜日

白菜

「ただいまぁ」
出迎えてくれたのは、立派な白菜だった。
「わっ。ちょっと、母さん。なんで玄関のド真ん中に白菜があるのよ」
「え?」
母は「あら。こんなところに置いた覚えはないんだけど」と白菜を台所に抱えて行った。

「ただいま……おーい白菜があるぞ」
父の声に私と母はあわてて玄関に行くと、確かに白菜が父を出迎えていた。
「変ねぇ、この白菜、足が生えてるのかしら」
陽気な母はおかしそうに白菜を抱えて台所に戻った。
その白菜は翌日キムチになった。
以来、家に帰るとキムチの瓶が出迎えてくれる。

2004年3月2日火曜日

マツタケ

出勤時間に遅れそうだったわたしはバタバタと運転席に乗り込んだ。
「ひぃ」
恐る恐る扉を開き外に出てシートを見るとマツタケが生えていた。途方にくれた。遅刻確実になっていたが、どうでもいい。
滅多に食べられるわけじゃない、このままかじりついてやろうかと思ったがマツタケは焼いたほうが美味いに決まってる。
そこでエイヤと引っこ抜こうとしたらマツタケはひどく痛がった。
結局、マツタケが運転してくれることになった。
なかなか運転が上手いマツタケだ。

キウイ

キウイは線路に立ち、ポーラスターに向かって誓う。「北へ行こう」と。
「もうこの地に見聞きするべきものはない」
キウイは考える。「北は寒いと言うのは本当だろうか」
しかし決心は揺るがない。「私には毛皮があるではないか。この毛皮で寒さがしのげるはずだ」
キウイは、おのれの希望と毛皮を信じて線路沿いを静かに歩きだした。
寒さをしのげなかったのは言うまでもない。

2004年3月1日月曜日

密室劇場

当劇場は、酸欠者続出により本日を持って閉館いたします。館主


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500文字の心臓 第35回タイトル競作投稿作
○2△1

枇杷

お骨だけになつたおばあちゃまのおへそのあたりには枇杷がありました。
よく熟れたそれを、家族みんなで一口づつ食べました。
とてもおいしかったのに、誰も何も言ひませんでした。
あとに残つた大きな種を庭に植ゑました。
おばあちゃまが生まれた百年後の年、初めての実をつけるでせう。