2003年9月7日日曜日

in the distance

「お誕生日おめでとう」
そこまで書いてペンが止まってしまった。
とりあえず立ち上がってコーヒーをいれたり、新聞を読んだりして三十分ほど時間を置いてみたけれどやっぱりうまく言葉がでない。
プレゼントを選ぶのは楽しいのにカードを書くのはなぜか苦手だ。
この際、決まり文句で済ませてしまおうかと思ったけれど、それは私の心が拒否していた。
かといってポエムちっくなのもどうかと思う。そんな言葉が似合うほどお互い若くないのだ。さりげなくて私の気持ちが込められる言葉……。
「今,7日の午後二時です。あさってのあなたの誕生日に間に合うといいのだけど。プレゼントはきのう買いに行きました。あなたの好きな青を選んだのだけど、よかったかしら?実はね、あんまり気に入ったので黄色のを自分用に買ってしまいました。お揃いだけどいっしょに着て出かけられそうにないのがさびしいです……」

2003年9月5日金曜日

NO TITLE

「はじめまして。あなたのファンになって一カ月が過ぎました。あなたの声を聞き、姿を見て私は衝撃をうけました。こんなにときめいたのはうまれて初めてです。一カ月経ってますますあなたの魅力に取り付かれています。どうかこれからも素敵なあなたでいて下さい」

ファンレターなんて初めてだ。
素敵なあなた、だってさ。なかなか気分がいいな……。
舞い上がりそうになった時、胃がギュッと握られた。
思い当たることがある。
どこからともなく感じる射るような視線、しばしばかかってくる無言電話。
大体、ぼくは「ファンレター」をもらうような立場ではないのだ。
このファンレター、なにかがおかしい。絶対に変だ。
その夜、ぼくは引っ越しを決めた。

2003年9月4日木曜日

季節の便り

ポストを開けると見事な梅の実がひとつ転がっていた。
「近くに梅の木なんてあったっけ?」
ぼくは梅の実を持って歩きだした。
入ったことのない小道へ足が向う。
「この青梅が道案内してくれてるんだな」
握り締めた梅がヒヤリとした。
着いた所は家から数分も離れていなかった。
造成を逃れたのが不思議なくらい、いい土地だ。
その草むらに立派な梅の木が立っていた。
圧倒される光景だった。
「梅干し、作らなきゃ」
ぼくは確信した。梅干しなど作ったこともないのに。

あれから毎年梅の実の便りがくる。
そして、ぼくは梅干しを作る。

2003年9月3日水曜日

若気の至り

「そうだ。あのさぁ、おれ、・・・…のこと好きなんだけど」
いつものメールのやりとりの最後に、さりげなく告白したつもりだった。
アイツは部活のマネージャーで二年からはクラスメイトでもある。初めは諸連絡ってカンジだったけど、そのうちそれ以外でもメールするようになって、今では一番回数が多い。
数日前から考えていたこの告白作戦、うまくいくはずだ。
予想通り、返事がくるのに時間がかかっている。

キタッ!
「どうしてそんな大事なことをメールで言うの?軽い感じがしてイヤ。どうせ明日会うんだし、そーゆーことちゃんと顔見て言って欲しいんだけど。信用できない」
思いもしない展開。血の気が引く。絵文字とかがマンサイの、いつもの彼女と違う。おれは慌てて親指を動かした。
「ごめん、なんか急に言いたくなったんだよ。明日帰りに待ち合わせよう。その時ちゃんと告らせて」
結局、その後メールは来ない。
どうしちゃったんだろう?どうなっちゃうんだろう?
四十五回目の寝返りで、彼女との相性が悪いことに気づいたおれは明日、告白を取り消す作戦を考えはじめた。

2003年9月2日火曜日

朱色の葉書入れ

月に数回母からくる葉書は私を苛立たせた。
ポストにそれを見つけると思わず破りたくなる。
年を取った母の筆跡は、はかなげで内容もとりとめがなかった。
天気の話や、近所の誰それが死んだとか、買い物がしんどいだの、そういうことだ。
そんなことしか書くことがなくても、母にとっては娘の私に葉書を書くことが少ない楽しみの一つなのだ。
だが、それを私は受け入れられないでいる。
理由はわかっていた。
母が老いていくのを、そしてまもなくやってくるであろう私自身の老いを直視できないのだ。
その悲しみや不安をごまかそうとするかのように、ヒステリックになる私。
私はなるべく文面を見ないようにして塗り物の箱に葉書を納めた。
母からの葉書はすべてここにしまってある。

2003年9月1日月曜日

SOS

限界だな、と思い始めたのはだいぶ前からだ。
[パパとママへ きょうはさんすうのしゅくだいがいっぱいでてたいへんだったよ。
けんたとじてんしゃであそんだ。 おばあちゃんがかってきてくれたアイスをたべた。 おやすみなさい りゅうより]
父母は子供の生活サイクルとかけ離れた仕事をしている。
ぼくが字を覚えたころから、広告紙のウラに日記のような手紙を書いてから寝るのが習慣になった。
でも、淋しさは文字のやりとりだけでは埋まらない。
むなしさが文面に表れる。
日に日におざなりな日記になっていく。
早く気付いて、ママ!

ADVERTISING MOON

9月のある朝、新聞の折り込み広告にずいぶん質の悪い茶けた紙が混じっていた。


-中秋の名月のお知らせ-

本年も、私がきれいな日がやってきました

どうぞお誘い合わせの上、ご鑑賞くださいませ 

なお、その際はどうかお団子をお忘れなく



近頃はお月さんもずいぶん宣伝熱心だ。
さて、団子をこしらえてやるか。
食いしん坊のお月さんのために。


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三日月遊園地参加作品