2003年6月9日月曜日

なげいて帰った者

床が軋む音がして目が覚めた。
ぼくは横になったまま耳をそばだてた。

ぱちん
…ぅがゝ~うぃん!ぁりま…あすのッ じゃ…♪ら びゅぃん
「ぁーあっ……本日は晴天なり。わたくし、普段は人の代弁ばかりしております。それがわたくしの役目であることは、十分承知しております。たまには自分の声で喋りたいと思うのは、罪でありましょうか?これだけ毎日いろいろな声で喋っていると、己の声を持ちたくなってまいります。しかし本来、それは許されないのでございま…・・・」
ぎゅいん ぱちん

翌朝、ぼくはゴミ置場で捨てられたラジオを見つけた。

2003年6月8日日曜日

ポケットの中の月

ぼく以外のみんなに緊張が走ったのは
ココナッツシガレットのお代を払おうとした時だった。
財布を上着から出したその時、ポケットから落ちた物があった。
「え?なに?どうしたの?」
小父さんは答えず、そぅっとそれを拾いあげ
舐めるように眺めた後、ため息とともに言った。
「だいじょうぶ」
ピーナツ売りもフクロウも、息を吐いた。
「少年、これは私だ」
小父さんがつまんでいるのは、小さなまんまるの石だった。
「これがないと私は帰れない。そして絶対に傷つけてはならないのだ。」
小父さんの視線の先には、まんまるお月さま。

2003年6月6日金曜日

霧にだまされた話

濃い霧の晩だった。
ツタが絡み付いた古いアパートメントの二階からおさげ髪の女の子が手を振っているのがわかった。
小父さんとぼくとフクロウは、急な階段を昇って女の子の部屋に行った。
ドアを開けると女の子は小父さんに飛び付いた。
「わたし、お月さまにずっと会いたかったの!」
深緑の目が輝いた。
ぼくたちは女の子が出してくれたクッキーと紅茶を飲みながら遊んだ。
ぼくが手品をし、小父さんはおどけてみせた。フクロウは昔話をした。
女の子はとても喜んだ。
翌朝、一人で女の子会いに行くと、そこは雑草だらけの空き地だった。

2003年6月5日木曜日

キスした人

お月さまとキスをするといいことがある。
そんな噂が街に流れていた。
ぼくはそれをいつかも話し掛けられたマネキンに聞かされたのだった。
「本当はアタシがお月さまのくちびるを奪いたいところなんだけど…
ぼうやならチュッてできるんじゃなぁい?どんなことが起きたか教えて。ネ?」
いいことがあっても小父さんとキスはしたくないな、と思った。
その晩、小父さんに尋ねてみると
「嘘では、ない」という答えだった。
「それで、誰かにキスしたことがあるの?」
「ひとりだけ」
その人は誰?という言葉はハッカ水と一緒に飲み込んだ。

2003年6月4日水曜日

THE MOONRIDERS

「少年、外へ出るぞ」
突然、小父さんは飛び出して行った。
外には白いバイクにまたがった人がたくさんいた。
ぼくは驚いて小父さんの影に隠れる。
「恐がることはない、彼らはムーンライダーだ。みんなで街を走るぞ」
小父さんは、一番大きなバイクに乗った。ぼくはその背中にしがみつく。
「出発!」
何十もの白いバイクが真夜中の街を音もなく駆け抜ける。
でもすごい風だ。白い一隊が通ると街路樹もガス燈も大きくしなる。
「アタシも乗せてー」
と叫ぶのはマネキン。ワンピースがお腹まで捲れあがっている彼女に、ぼくは手を振った。

押し出された話

「行き止まりだよ!」
逃げ込んだビルとビルの間に抜け道はなかった。
ぼくたちは流星の暴走族に巻き込まれて逃げていた。
正確に言えば、小父さんが流星たちに追われていた。
ぼくはとばっちりを食らったのだ。
「その壁に張りついてろ!」
後から声がかかる。小父さんよりぼくの方が足が速い。
「待ってろよ!」
小父さんはためらいもなく突進してきた。
ついに小父さんはぼくに追突した。
そのままグニグニと壁に身体を押しつけてくる。
苦しい……

「平気か?少年」
壁の向うは、見たことのない道具がたくさんある部屋だった。

2003年6月2日月曜日

はねとばされた話

「やるじゃないか、少年!」
ピーナツ売りに手品を教わった。
いきなりピーナツをハトに変えるのは難しいのでテントウ虫にした。
小父さんには内緒で昼間こっそりピーナツ売りのところに通ったんだ。
頑張って二日で覚えた。ピーナツ売りも誉めてくれた。
「オレの跡取りになるかい?」
「それもいいね」
一番驚いてくれたのはフクロウだった。
{すばらしい!}
バシン!と翼で叩かれた。
ぼくははね飛ばされて電燈にひっかかった。大慌てでフクロウが助けてくれたけど、まだ新しいシャツが破けちゃった。