2002年11月7日木曜日

押し出された話

帰ってくると家の塀に不自然なくらい真ん丸い穴が空いていた。
こどもなら通れそうな大きさである。
「これはどうしたもんかな。とにかく直してもらわなけりゃ」
しゃがみこんで穴をしげしげと観察していたら、後からぐいぐいと押し込まれた。
いくらなんでも大人の私が通れるはずもない。
身体はちぎれそうなのに容赦なく押され気が遠くなりかけた。
ようやく押し出され顔を上げると知らない月が見えた。

「ご苦労さまでした。今夜は私の後ろ姿をお目にかけようと思いまして」

2002年11月6日水曜日

はねとばされた話

「今晩、我が家にいらっしゃいませんか?」
『スターダスト』で顔なじみの男に誘われた。
なにやら珍しいものを見せてくれるという。
店を出てしばらくして
「失敬」
と男が言った。
ハテナと思う間もなくポーンと男に蹴飛ばされた。
頭がぐるぐるとして、弾むように着地した。
蹴られたら本当にボールになってしまったのかもしれない。

「驚かせてしまいました。ここが私、です」
「ああ。ちょっと驚きましたけど……。お邪魔します」
まだ目が回っている。
「ほら、御覧なさい。あなたには珍しいでしょう?」
振り返れば青い星。

2002年11月5日火曜日

突き飛ばされた話

洗濯物を取り込むのを忘れていたので、日が暮れてからベランダに出たらベランダの柵がなくなっていた。
あんまり驚いて立ち尽くしていたら、何者かに突き飛ばされた。
激しい落下感が続いた後、目を開けるとベランダにいるので
「誰だ!」
と言ったらまたドシンと突き飛ばされた。
目を開けたらまたベランダにいたのでもう一度
「誰なんだ?」
と言ったらまたドシンとやられた。
今度は目を開けたままだったので、何も起こっていない事がよくわかった。
つまり何も起きてはいなかったということだ。

2002年11月4日月曜日

黒猫のしっぽを切った話

ふと気配を感じて窓に目をやると黒猫が網戸にへばりついていた。
「わたしのしっぽを切って欲しいのです」
しっぽを切る……?
「……えー。しっぽ切るって、ほらトカゲじゃないんだし痛いでしょう?それにぼくが切らなくても、ねぇ?」
「はさみを持って来て下さい」
震える手ではさみを探し出す。
猫が舐めるとはさみは倍の大きさになった。
「これはこのためのはさみなのです。
さぁ、時間がないのです。急いで!……早く!」
目をつむりエイ!とはさみを閉じた。
豆腐なような感触。目をあけるとしっぽは消えていたが、四十年振りの星空が現われた。

2002年11月3日日曜日

SOMETHING BLACK

「夜はなぜ妙な気分になるのでしょう」
『スターダスト』のマスターがぽつりと言った。今夜は客が少ない。
こんな時は異国の顔を持つマスターとゆっくり話ができる。
「妙な気分というと?」
「人恋しくなったり、心静かになったり、泣きたくなったり」
「夜の種には気分の成分が入っているのです」
そう言ったのは風変わりな、やはり常連の男だった。
パイプを取出し手で擦ると黒い粒がコトンと現れた。
「それが夜の種、ですか?」
「さよう」
黒い粒を両手でぱちん!と潰した。
「孤独の種」

2002年11月2日土曜日

IT'S NOTHING ELSE

「まばたきをするたびにさ、なにかひとつ消えてるんだよ」
「でも、みんなまばたきは毎日何回もしてるじゃないか」
「それでも世の中にはいろんなものがある、て言いたいんだろう?ふふふ ないものまで見えてるのさ。実に都合良くできている」
次の一瞬間、世界の美しかったこと!

2002年11月1日金曜日

ある晩の出来事

『スターダスト』からの帰り道、
月明かりでいつもより影が濃いのに気づいた。
しばらく影を気にしながら歩いていると
「俺を気にするなんて何十年ぶりだろうな」
と影が言った。
「確かに、最近は影なんて気に留めなかった……」
返事をしたのが悪かった。まさかこんなことになるなんて。
終バスの排気ガスで咽た。涙が出た。