2024年11月12日火曜日

「雪」(2021年1月、月々の星々のテーマ)

ニクスは雪のように白い紙で本を作って売り歩く。お客は不意にニクスの前に現れて「よいタイトルだね。中を見ても?」と決まって言う。パラパラ捲って「面白そうだ。君が書いたの?」と、これも必ず聞かれてニクスは曖昧に微笑む。ニクスはペンを持っていない。雪のように白い本を、汚したくないから。(140字)

2024年11月5日火曜日

「灯」(2020年12月、月々の星々のテーマ)

少々軽薄だが口遊みたくなるメロディーが聞こえる。「ポカポカ印の灯油販売車です」あぁ半年ぶりの灯油屋か。春まで毎日聞くことになるだろうが、販売車は何年も見ていない。この辺りでは焼き芋屋も竿竹屋も売り声だけが残っていて、今も変わらず夕暮れの町内に響く。灯油屋も大方そんなところだろう。(140字)

2024年10月29日火曜日

#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作

「具合が悪いのです」と渡されたのは月長石だった。石に具合も調子もあるものか。私は獣医だ。「黒猫の温もりと月光浴が必要です」疑いつつ入院中の黒猫に月長石を差し出すと「委細承知」の顔で石を抱えて丸くなった。満月のよく見える部屋で一晩過ごさせると、黒猫も石も見違えるほど艶やかになった。(140字)

2024年10月28日月曜日

#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作

小さな黄色い長靴は強情である。雨が降れば外に出たがり、水溜りに飛び込んでは軒先で逆さ吊りにされベソをかく。最初の持ち主の我が子は歳を取り、曾孫らはこの長靴を怖がる。思い出深く捨てられなかったせいで付喪神にしてしまった。足の弱った私に代わり、大きい長靴が小さい長靴を散歩に連れ出す。(140字)

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予選通過 入選

2024年10月27日日曜日

#秋の星々140字小説コンテスト 「長」投稿作

同種の者たちに比べて己の姿が不恰好だというのは、薄々気が付いていた。それが長過ぎる触角のせいだとわかったのは、最近の事である。空気の震え、匂い、音、味……数多の情報が触角を通じて入り込み、伸び過ぎた触角は歩行に支障を来たす。体が重い。いっそ昆虫蒐集家に見つかって、標本になりたい。(140字)

2024年10月18日金曜日

秋の星々140字小説コンテスト「長」未投稿作

文字が泳ぐ湖に網を投げるのに憧れましたが、私の腕力では引き上げることはできませんでした。結局、自分で作ったタモ網のようなものを使っています。網は見様見真似で編み、柄は箒だった竹の棒です。長さが丁度よいのです。それで掬い上げた140個の文字を並べたものが今あなたが読んでいるものです。(140字)

2024年10月11日金曜日

秋の星々140字小説コンテスト「長」未投稿作

秋祭りに誘われ、友人の故郷を訪れた。収穫後の田んぼの上を巨大な杉玉が宙を漂っている。杉玉からは白っぽい粉が撒き散らされ、装束姿の人々が長い竹棒を田んぼに突き刺しながら走り回る。「灰とか肥料を杉玉にまぶしてあるんだ」と友人の解説。田の土が灰で白いうちに雪が積もれば来年も酒がうまい。(140字)