2023年8月31日木曜日

果実戯談 イチジク

 「もしもし」よいイチジクが手に入ったので、いとこに電話をした。「久しぶり。元気?」いとこの声もプチプチしている。「そっちもイチジク?」「そう!」互いに祖母の声に似てきたと笑い合う。季節問わず通信できるかもと、乾燥イチジクを試したこともあったがメール三文字、高確率で文字化け繧、繝√(140字)

2023年8月30日水曜日

果実戯談 バナナ

夜の散歩にはバナナだ。手に馴染み、あたたかく光る。買ったばかりの、先が少し青いバナナが懐中電灯によい。バナナで夜道を照らして歩くと小さな生き物や、もう生きていない物がよく見える。怖くはない。だが三日月の晩は要注意。バナナが月と入れ替る。手の中のものが月だと気付いた時の恐怖たるや。(140字)

2023年8月29日火曜日

果実戯談 リンゴ

八百屋で買ってきたリンゴに穴のあいたものがあった。ちょうど鉛筆くらいの穴だったので、青の色鉛筆を突っ込んでみると、キリリと尖った。削りカスも出ない。これは素敵な鉛筆削り器だ。24色全部削ったらリンゴの穴は貫通してしまった。覗くと、青い空があった。色とりどりの雲が忙しなく流れていく。(140字)

2023年7月31日月曜日

遠くまで #文披31題 day31/#夏の星々140字小説コンテスト投稿作 「遠」投稿作

音楽に誘われ放浪するうちに草原に辿り着いた。装束を着た人がひとり、見たことのない楽器を奏でていた。星空から降りそそぐような音。私に気付いたその人がどこから来たかと問うので「街から。貴方の音に誘われました」と言うと「遠い街まで私の音は届くのに星は聴いてくれない」と涙を流すのだった。(140字)

2023年7月30日日曜日

握手 #文披31題 day30

具合が悪くなったご老人を助け、仲良くなった。おやつを持って訪ね、別れ際には必ず握手した。ある日訪ねると、ご老人の家は影も形もなく、蝉の死骸と一昨日食べた水羊羹の容器が並んで落ちていた。四歳の七夕に「蝉と握手したい」と書いたのを思い出した。(119字)

2023年7月29日土曜日

#夏の星々140字小説コンテスト投稿作 「遠」投稿作

手紙が届いた。宛先が何度も書き直され、切手は貼り重ねられ消印だらけ、歴戦の猛者の趣きすらある。よくぞここまで辿り着いた。いくつもの星を経由して配達された、遠い星に住む父母からの近況を伝える便りだ。デジタル通信は大昔に技術も信頼性も失った。私はコンピューターを教科書でしか知らない。(140字)

名残 #文披31題 day29

真夏に飲む「去年の茶葉で淹れた茶」は、去年を連れてくる。眼の前の子に被さるように今より少し幼い子の姿がチカチカと見える。彼岸へ渡ったばかり人がチラチラと見える。淹れるのには気合が必要だ。でもやっぱり私は会いたくて、真夏に名残の茶を淹れる。(119字)