2022年12月29日木曜日

#12月の星々 「調」投稿作

冬の山小屋は耳が喜ぶ。薪ストーブの、粗朶が燃え始める音、鋳鉄が伸びる音、薪が崩れる音。 夜、星々が歌っている。凍てつく寒さの中、硬質に輝く微かな音を捉えると耳は鋭敏になり、その調べを慎重に探る。が、旋律が聞こえ始めた途端、寒いのか恥ずかしいのか、耳は真っ赤になってしまうのだ。(137字)

2022年12月15日木曜日

#12月の星々 「調」投稿作

辞書が旅に出た。空になった定位置に書き置きがあった。難解な言葉が並んでいるのは流石だが筆記には不慣れとみえ、解読するのに苦労した。つまりは「語彙調査旅行」らしい。 辞書は元の定位置に収まらないほど厚くなって帰ってきた。新たに収録された言葉と出会うため、今度は私が辞書に潜る旅へ。(138字)

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予選通過

2022年12月14日水曜日

#12月の星々 「調」投稿作

このところチューニングが決まらない。よれよれのbフラット。楽器を温める。リードを替える。焦る。「それ、声変りじゃないか?」隣のテナーサックスからポンポンと肩を叩かれ「フぇ?」と掠れた声が出た。やっと始まった変声期と楽器の調子外れに関係があるとは思えないが、なぜだか気が楽になった。(140字)

2022年12月8日木曜日

#12月の星々 「調」投稿作

秋の間に色とりどりの落ち葉を呼んでおいた。星の形に切ってくれとせがむのもある。どんぐりと松ぼっくりも来た。もみの木がお待ちかねだ。落ち葉達を飛ばしてやると思い思いにぶら下がる。不思議と色調が揃う。松ぼっくり達はツリーの頂点を目指してのんびり競争中。二十四日までに決着がつくかしら。(140字)

2022年11月21日月曜日

#11月の星々 「保」投稿作

小法師が起き上がれなくなった。弥次郎兵衛は助けようとするが「おぬしのほうが均衡を保つのは難儀だ」と遠慮する。先刻まで二人でのんびりユラユラしていたのに。右目から涙が溢れ、体が傾く。そこへ木枯しが吹いたので、グラグラと大きく揺れて弥次郎兵衛も倒れた。枯れ葉が二人の上に舞い落ちる。(139字)

2022年11月10日木曜日

#11月の星々 「保」投稿作

白くてふわふわの卵が美しく装飾された保育器の中で眠っている。わたしが産んだのだ。こんなにやわらかなのに強烈な痛みを伴った。「本当に育つのかな……」哺乳類のはずのわたしが卵を産んだ理由はわからない。医者が言う。「初めに鼻が出てくるでしょう」夫は頷く。たまごがぽにょんと伸びをした。(139字)

2022年11月9日水曜日

#11月の星々 「保」投稿作

 静寂の部屋に振子、大小の歯車、動かない鳩。そして大量の時計。「ここは何だ?」と聞くと「宇宙保時室。時間を見張っている」 「見張りを止めるとどうなる?」 「時は動きを止める」 「ウソつきめ」 時間泥棒ロボの背中から竜頭を引っこ抜いた。チクタク音、時が息を吹き返したのだ。鳩も飛び去った。(138字)