魔女は会うと色水をくれる。「今日もいいカラーになったわ」と言って、「どう? 持っていく?」と訊くので「よろこんで」とこたえる。魔女は七割が白い髪をふわりと靡かせて、小瓶に色水を詰めてくれる。
前回は、紫だった。「パープウ」と魔女は言った。
今日は黄土色だった。魔女は色の名を言わなかった。
2017年5月24日水曜日
2017年5月10日水曜日
五月十日 とかげ週間
今週に入ってから既にニ度とかげを見た。とかげなんかしばらく見たことなかったのに、数日で二度も遭遇するとは何事だろう。
チョロチョロと動くとかげを目で追いかけるといつも不思議な心持ちになる。とかげの大きさと動きと時間は、噛み合っているように思えない。どうにもチグハグに見えて仕方ないのだ。
今週はすでにそんな気分に二度も陥っているわけで、とかげは一体何を訴えているのだろうかと考え始めたが、何かを訴えているはずもないことに気が付いて、またチグハグな気持ちになる。
今日は水曜日、今週はあと何回とかげに遭うのだろう。
チョロチョロと動くとかげを目で追いかけるといつも不思議な心持ちになる。とかげの大きさと動きと時間は、噛み合っているように思えない。どうにもチグハグに見えて仕方ないのだ。
今週はすでにそんな気分に二度も陥っているわけで、とかげは一体何を訴えているのだろうかと考え始めたが、何かを訴えているはずもないことに気が付いて、またチグハグな気持ちになる。
今日は水曜日、今週はあと何回とかげに遭うのだろう。
2017年5月8日月曜日
2017年5月2日火曜日
五月二日 冷蔵庫の次元
明日から旅に出るので、冷蔵庫をできるだけ空っぽにしなければならない。ネギ、トマト、焼きそば……いろいろと残っていたはずである。
ところが、開いた冷蔵庫は何も入っていなかった。調味料も飲み物もなくなっていた。
野菜室も、冷凍庫も。ただ冷気が出てくるだけである。私は、開けっ放しの冷蔵庫を前に、しばらく動けずにいた。
すると、冷蔵庫はピーピーとやかましい音を立て始めた。扉が開けっ放しになって一分経過すると警告音を発するのである。我に返った私は扉を閉め、そして深呼吸してもう一度開ける。
見慣れた我が家の冷蔵庫……のような気はする。 調味料も、ネギもトマトもある。が、何かがおかしい。
うんうん唸っていると、また冷蔵庫はピーピー言い出した。扉を閉める。開ける。空っぽ。閉める。開ける。何かが違う。閉める。
結局、冷蔵庫と神経衰弱を四回やってやっとひとつ判ったことは、 少しずつトマトが大きくなっているということだった。もう少し続けよう。
ところが、開いた冷蔵庫は何も入っていなかった。調味料も飲み物もなくなっていた。
野菜室も、冷凍庫も。ただ冷気が出てくるだけである。私は、開けっ放しの冷蔵庫を前に、しばらく動けずにいた。
すると、冷蔵庫はピーピーとやかましい音を立て始めた。扉が開けっ放しになって一分経過すると警告音を発するのである。我に返った私は扉を閉め、そして深呼吸してもう一度開ける。
見慣れた我が家の冷蔵庫……のような気はする。 調味料も、ネギもトマトもある。が、何かがおかしい。
うんうん唸っていると、また冷蔵庫はピーピー言い出した。扉を閉める。開ける。空っぽ。閉める。開ける。何かが違う。閉める。
結局、冷蔵庫と神経衰弱を四回やってやっとひとつ判ったことは、 少しずつトマトが大きくなっているということだった。もう少し続けよう。
2017年4月24日月曜日
ポケットの中で魔法をかけて
エプロンのポケットに小さなボールが三つ。
ボールはフェルトで出来ていて、ひとつは青くて、ひとつは緑で、ひとつは白。
青いのと緑のは、羊製だけれども、白いのは猫製だ。
猫製の白いボールに魔法をかける。たいした魔法ではない。
よく握って、形を整えて、「ちちんぷいぷい」。
「ちちんぷいぷい」は別に言わなくてもいい。言ったほうが魔法っぽいというだけ。
ただし、これはポケットの中で行わなければならない。見てはだめ。見せてもだめ。
うまく魔法がかかったら、忽ち猫が飛んでくる。そう、空を飛んでくる。
同じ魔法を、青いのと緑のにかけると大変だ。羊が海を泳いできたり、森を運んできたりするから。
ボールはフェルトで出来ていて、ひとつは青くて、ひとつは緑で、ひとつは白。
青いのと緑のは、羊製だけれども、白いのは猫製だ。
猫製の白いボールに魔法をかける。たいした魔法ではない。
よく握って、形を整えて、「ちちんぷいぷい」。
「ちちんぷいぷい」は別に言わなくてもいい。言ったほうが魔法っぽいというだけ。
ただし、これはポケットの中で行わなければならない。見てはだめ。見せてもだめ。
うまく魔法がかかったら、忽ち猫が飛んでくる。そう、空を飛んでくる。
同じ魔法を、青いのと緑のにかけると大変だ。羊が海を泳いできたり、森を運んできたりするから。
2017年4月3日月曜日
四月三日 銀座にアップルパイを食べに行った話
気になる画廊が二つあったので、銀座に出かけた。
一つ目の画廊は展示物が三つしかなくて、二つ目の画廊は、照明が切れていて何も見えなかった。
なんだか腑に落ちないが、どうしようもない。空腹を覚えたので、木村家の上の喫茶室でアップルパイを食べた。それなりにおいしいアップルパイだった。
アップルパイを食べに銀座に行ったのだ、と思うことにする。往復で千円掛ったけれど。
一つ目の画廊は展示物が三つしかなくて、二つ目の画廊は、照明が切れていて何も見えなかった。
なんだか腑に落ちないが、どうしようもない。空腹を覚えたので、木村家の上の喫茶室でアップルパイを食べた。それなりにおいしいアップルパイだった。
アップルパイを食べに銀座に行ったのだ、と思うことにする。往復で千円掛ったけれど。
2017年3月17日金曜日
かわき、ざわめき、まがまがし
手押しポンプをいくら押しても、耳障りな金属の軋みが聞こえるだけだ。
「もう、その井戸は枯れているよ」と、兄が言う。もう三十回くらい言っている。
「わかってるよ」と、これも三十回くらい答えている。
兄の口調は一回目も三十回目ものんびりしたものだったけれど、私は自分の声がだんだんと刺々しくなっていることに気が付いている。
日が沈んでも、私は手押しポンプを押し続けていた。もちろん水は一滴も出ない。
けれどポンプを押したときの軋んだ音は、少し、ほんの少しずつ変わってきている。確かに。痛みに耐えるような、大勢の人たちの声。
「もう、その井戸は枯れているよ」兄の声が、ほんの少し震え始める。
「わかっているよ」私は声が弾むのを抑えられない。
********************
500文字の心臓 第154回タイトル競作
〇10 △1 正選王
実に7年ぶりの投稿、10年ぶり二回目の正選王
「もう、その井戸は枯れているよ」と、兄が言う。もう三十回くらい言っている。
「わかってるよ」と、これも三十回くらい答えている。
兄の口調は一回目も三十回目ものんびりしたものだったけれど、私は自分の声がだんだんと刺々しくなっていることに気が付いている。
日が沈んでも、私は手押しポンプを押し続けていた。もちろん水は一滴も出ない。
けれどポンプを押したときの軋んだ音は、少し、ほんの少しずつ変わってきている。確かに。痛みに耐えるような、大勢の人たちの声。
「もう、その井戸は枯れているよ」兄の声が、ほんの少し震え始める。
「わかっているよ」私は声が弾むのを抑えられない。
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500文字の心臓 第154回タイトル競作
〇10 △1 正選王
実に7年ぶりの投稿、10年ぶり二回目の正選王
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