2016年6月23日木曜日

六月二十三日 おいしい悲劇

アンチョビが顔面に飛んできた。ベトベトになった顔を23回洗ったが、匂いはまだ取れない。

2016年6月13日月曜日

六月十三日 梅雨とキノコ

正しい梅雨の日の商店街。ひときわ大きな傘を持ち歩く人がいた。が、少し奇妙だ。大きな傘を持つのは大柄な人が多かろうと思うのに、その大きな傘は私よりずいぶん低い位置を動いているのだ。歩みもゆっくりである。
私はその大きな傘にだんだんと近づき、追いつき、追い越した。追い越し際にチラリと大きな傘の主に目をやると、小さな婆さんであった。
そして、婆さんが歩くたび、傘の内側から、ブワッと赤い粉が僅かに吹き出すのだった。
その胞子を吸い込んでいいのか、悪いのか、一瞬逡巡し、大きく息を吸ってみた。 なんの匂いもしなかった。

2016年5月14日土曜日

五月十四日 花の杖

大きな鉢植えの入ったビニール袋を杖にして歩くお婆さん。鉢植えには、色とりどりの花が咲き乱れている。コツンコツンと、鉢植えを支えにゆっくり歩いている。
お婆さんの頭上でポッと花が咲き、ふんわりと落ちていく。一歩一花。お婆さんの杖(の鉢植え)も、ますます花盛りだ。
落ちた花を辿れば、お婆さんがどこから来たのかわかるだろうと思ったが、駅前の花屋に着いただけだった。

2016年5月10日火曜日

五月十日 駅前の道端で入れ歯を拾った話

老人Y氏に聞いた話。ある日、Y氏は駅前の道端に入れ歯が落ちているのを見つけた。
Y氏は自身も歯で苦労しているから、「落とした人はさぞ困っているだろう」と、ちり紙に包んで拾って、交番に届けることにした。すると、入れ歯が突然「警察はやめてくれ!!」と喚きだしたそうだ。
Y氏は、入れ歯に負けない大声で説教をしながら交番へ向かった。お巡りさんは、迷惑そうに入れ歯の遺失物届けの手続きをしていたそうだが、その頃には入れ歯はすっかり大人しくなって、自白でもしそうな様子だったという。

2016年5月6日金曜日

五月六日 空き缶を拾う

コロコロと転がってきた空き缶を拾ったら、厳密には空き缶ではなかった。中に雷神様が入っていたからだ。「出してくれ~」と声がするので、どうにか振って、引っ張って、雷神様を出す。手乗り雷神。

缶が古びたので、新しい缶に住み替えたいと雷神様は言う。「お好みの缶はありますか?」というと「麦酒」という。私がビールを買いに行っている間、雷神様はひと暴れし、夏が近づいた。

2016年4月21日木曜日

綿毛の行方

風のない春の日は、案外少ない。そんな日に限って、たんぽぽの綿毛で視界が遮られる。吸い込まないように気をつけながら、綿毛たちに焦点を合わせる。どこへ行こうか、逡巡している綿毛の面々。風がない日に飛び出そうという、強い意志の持ち主たちなのだ。ため息をつきそうになって、ぐっと堪える。私の息で彼らを飛ばしてしまわぬように。

2016年4月12日火曜日

四月十二日 笛吹き男とHello, Goodbye

公園で横笛を吹くおじさんは、身なりは立派なのに傍らに汚れたツギハギだらけの巾着袋をたくさん置いている。
若い娘が、ビートルズを歌いながら、おじさんと巾着袋の前を通り過ぎていった。おじさんの横笛が奏でるメロディーはビートルズではないし、娘の歩く速度は、ちっともSay,goodbyeではない。