2016年4月21日木曜日

綿毛の行方

風のない春の日は、案外少ない。そんな日に限って、たんぽぽの綿毛で視界が遮られる。吸い込まないように気をつけながら、綿毛たちに焦点を合わせる。どこへ行こうか、逡巡している綿毛の面々。風がない日に飛び出そうという、強い意志の持ち主たちなのだ。ため息をつきそうになって、ぐっと堪える。私の息で彼らを飛ばしてしまわぬように。

2016年4月12日火曜日

四月十二日 笛吹き男とHello, Goodbye

公園で横笛を吹くおじさんは、身なりは立派なのに傍らに汚れたツギハギだらけの巾着袋をたくさん置いている。
若い娘が、ビートルズを歌いながら、おじさんと巾着袋の前を通り過ぎていった。おじさんの横笛が奏でるメロディーはビートルズではないし、娘の歩く速度は、ちっともSay,goodbyeではない。

2016年4月6日水曜日

四月六日 よもぎ

線路脇によもぎを見つけた。そうだ、これでよもぎ餅を作ろう。
採っても採ってもまだまだよもぎは生えている。よもぎ餅はうさぎの好物だから、たくさん作るのはいいとして、それでも限りはある。もうそろそろ、いいだろう。
と思って、摘んだよもぎを入れたはずの袋を見たら、空っぽだった。摘んだはずのよもぎの匂いに囲まれた。しばし呆然。

2016年4月1日金曜日

四月一日 歯医者へ

歯医者に行ったら、歯の神経を抜くことになった。
「なんとか神経を抜かずに済みませんかね?」と懇願したが、無理なようだった。
「もう神経は死んでいますから、取ってしまわないと大変ですよ」
「本当にもうダメになってるんでしょうか、この歯の神経は」
「ええ、これはもうダメです」
そういって、医者は私の歯茎に麻酔を打ち、施術を始めた。
「こりゃどういうことだ」と医者が呟く。
「ろうひゃひまひたひゃ(どうかしましたか)」
「死んだはずの神経が踊っている、こんなのはみたことがない」
疲れた顔の医者に、「その神経は、死んだふりをしていたんでしょうか、それともゾンビだったんでしょうか」とは聞けなかった。

2016年3月17日木曜日

三月十七日 脚立

脚立がキャタキャタ歩いてやってきた。おおいに助かったけれど、ちょっと小さな脚立だったので、天井に手を伸ばすには少々難儀した。
脚立曰く、大きな脚立は自分では歩けないらしい。覚えておこう。

2016年3月10日木曜日

三月十日 少年と猫

スケートボードに乗った少年が、猫に挨拶する。
「おはよう!」
もうすぐ午後三時である。続けて少年は猫に言う。
「いい天気だね!」
空を見上げれば、低い雲。今日は三月とは思えない寒さだし、明日は雪の予報だ。
私だけ、違う世界に居るのやもしれぬ。

2016年3月8日火曜日

三月八日 ダンボール

大きいダンボールに中くらいのダンボールを入れて、中くらいのダンボールに小さいダンボールを入れて、小さいダンボールにもっと小さいダンボールを入れて、そして豆本をそっと入れようとしたら、大きいダンボールが大きすぎて、一番小さいダンボールに手が届かない。 ぐっと手を伸ばしたら、大きなダンボールに転げ落ちて、ここがどこだかわからない。