2015年12月22日火曜日

十二月二十二日 鳩

私の行く先々で、鳩が熱心に食事をしている。このまま進めば鳩の横や前や後ろをスレスレに歩くことになるが、おそらくは鳩のほうが先に気がついて飛び立つだろうと思う。
ところが、今日はどの鳩も、私のことなどお構いなしに食事を続けているのだった。靴と鳩とがぶつかりそうなくらいな距離なのに。ここいらの鳩には警戒心というものがないのか、けしからん。いや、もしかすると私の気配がないのかもしれない。ふと不安になる。

2015年12月14日月曜日

【お知らせ】江崎五恵(絵)×五十嵐彪太(文)「妄想二人展」

江崎五恵さんと二人展を行います。


江崎五恵(絵)×五十嵐彪太(文)「妄想二人展」
会期:2016年1月7日(木)~2月1日(月) 
定休日:火曜・水曜
時間:14:00~23:00
会場:カフェ百日紅 東京都板橋区板橋1-8-7 小森ビル101
交通:JR板橋駅西口徒歩4分 東武東上線下板橋駅徒歩3分 都営三田線新板橋駅A3出口徒歩6分

※喫茶店での展示です。1ドリンクオーダー願います。

 
江崎さんの鉛筆画に私が小さなお話(100字程度)をつけたものと、
私が書いた文を江崎さんが絵に仕立てたものを展示します。

特に後者は「妄想絵手紙(エロス度高め)」という設定で、絵の中に全文が描き入れられた「読む絵」となっています。 自分の文章が文字ごと「絵になる」のは、もちろん初めてのことです。絵画作品としても超短編作品としてもちょっと珍しいものになったと思います。お時間ありましたらお運びいただければ幸いです。

2015年12月10日木曜日

姫君の物思い

旅から帰ったかぼちゃの姫君は、冬のことが忘れられずにいた。栗鼠ともキノコとも遊ぶことが出来ない代わりに、物思いに耽る時間はたっぷりある。

白い息をほうっと吐く。息が白いのも、クリスマスが静かなのも、森の霜が美しいのも、冬に包まれているから。

冬が愛おしいのは、冬が生まれるのを見てしまったからだろうか。こんなに寒いのに、まだまだ春は先なのに、春が来るのがなんだか怖い。

イラストレーション:へいじ

2015年12月7日月曜日

十二月七日 笛吹き男

男が吹いている縦笛は、どうみても「枝、そのまま」の状態で、見ようによっちゃ枝を咥えた変な人である。おまけにメロディーを奏でるわけでもなく「ボウー、ボ、ボーー」と鳴らしているだけだから、よしんば枝にしか見えない笛でなく、ちゃんとリコーダーに見える笛だったとしても、やっぱり変な人である。

男は笛を吹きながら池の周りをゆっくり歩く、男の後ろをついて歩く大量の者たちがいるのだが、いかんせん蟻なので、誰も彼が立派な笛吹き男だとは気が付かず、やっぱり変な人である。

2015年11月26日木曜日

冬の生まれる泉

「姫、満月を背にして進むぞ」
月光と、夜風と、そして晩秋が、姫君の背中を押していく。

森が終わり、まもなく夜も終わるだろう。姫君の知らない景色が広がっている。木々はなく、どこまでも遠くを見渡せる場所。
「ここが、冬の生まれる泉」
辺りには、小さな氷の粒が舞っている。キラキラと美しい。姫君の吐く息も、すぐに氷となる。

朝日が生まれるのより少し前に、冬は生まれた。
冬は、どんどん大きくなりながら空へ上がっていく。姫君が今までに見た何よりも巨大だ。かぼちゃの姫君を一瞥した冬は、背中から真っ白な蒸気を勢いよく吹き上げた。
「今年は大雪になる」
蝶が呟く。

すっかり空を覆い尽くした冬を、かぼちゃの姫君は見上げる。長い冬が始まったのだ。

イラストレーション:へいじ

2015年11月21日土曜日

夢 洋菓子店の芸当

「コニャック入りのチョコレートを二粒、カットのシフォンケーキをひとつ」洋菓子店のケースの前で私はそう注文した。
チョコレートは問題なく出されたが、シフォンケーキだ。型から取り出されたばかりのシフォンケーキを、私の目前で水平に薄く薄く、切り始めた。ふわふわ焼きたてのシフォンケーキを平らに切るという芸当に、私は呆気にとられていた。シフォンケーキというものは、こうやってカットするものだっただろうか?バウムクーヘンと間違ってはいないのか?(いや、バウムクーヘンでもこんな切り方をするかどうかは疑問である。)
16枚、ペラペラの円盤シフォンケーキが積み重なっている。テキパキと店員はチョコレートと共に梱包して、「1900円です」と言った。

2015年11月20日金曜日

眠る森と眠れない姫君

日が沈み、月が昇る。月明かりを浴びた栗鼠は、たちまち眠ってしまった。さっきまでの疾走はどこへやら。キノコたちも眠っているようだ。森のみんなが眠っている。起きているのは姫君ばかり。「今宵は満月だから」というのは、このことだったのだろうか。仕方なく姫君も栗鼠の腹にうずくまって目を閉じたけれど、ちっとも眠れない。

「姫。かぼちゃの姫君」
ずいぶんと威厳のある声が姫君を呼んだ。声の主は、蝶だった。
「冬の始まりを探しておられると聞いた」蝶が問う。
「そうなの。でも、栗鼠が眠ってしまって」
「ああ、栗鼠は満月の光を借りて私が眠らせた。さあ、ここからは私がお供しよう」
この蝶は、一体何者なの? 満月は何も答えない。

イラストレーション:へいじ