2011年9月30日金曜日

夜の鳥・梟

ひどい不眠症の少年は、夜の森へ出掛ける。
「やあ」
「ホホウ」
梟の返事は、そっけない。だが、少年はそれを聞いて不思議と安心する。
「そっちへ行ってもいいかな」
「ホホウ」
少年はするすると木に登り、梟の隣に腰掛ける。
梟は大きい。森の住人の話をまとめると、この森の長老なのだそうだ。
少年は梟に凭れかかり、スヤスヤと寝息を立て始める。

梟は、しばらくそれを聞いたあと、おもむろに首をぐるりと回す。
静かだ。それから少年を咥えて、羽を目一杯広げると、雲に向かって飛び立つ。
少年はもう、ベッドで眠れぬ夜を過ごさなくてもよい。

2011年9月25日日曜日

川獺行進曲

川獺が大行進するにあたって、先頭の川獺はいつも大いに悩むことになる。
足並みが揃わないのだ。揃わないどころの話ではない、押し合いへし合い、踏み合い踏まれ合い、たちまち川獺の団子が出来上がってしまう。
家族で行進する分には、どの家庭もきちんと美しい行進ができるというのに、大行進はやはり難しいということか。
そこで川獺は、行進曲を作ってくれないかと、川蝉に頼むことにした。
ところが、頼んだ川蝉というのが、あのワライカワセミだったものだから、川獺たちは行進曲を聞くやいなやお腹を抱えて笑い転げて、行進どころじゃなくなったのだった。

2011年9月19日月曜日

鳥の釣れる島

島は、山を外し餌にして、釣りをしていた。
ある時、山を食い逃げされて泣いていたら、神様が脚と翼をくれた。
チョンチョンチョンチョン。
鳥になった島は、大急ぎで飛んで行って、無事に山を取り返したけれど(おかげで嶋になった)
以来、なぜだか鳥ばかり釣れる。

2011年9月14日水曜日

魚の昇降器(エレヴェーター)

どこの世界でもエレヴェーターボーイやエレヴェーターガールが、子供たちの憧れなのには代わりない。
魚の世界も然り。
稚魚たちの遠足のために設けられた昇降器は、深海から海面を探索し、見聞を広めるためのものである。
「水深200メートル、ここから先は深海になります」
エレヴェーターガールのにこやかな声に、稚魚たちの緊張が高まる。
「あ、デメニギスさんがやってきました。皆さん、幸運ですね。デメニギスさんは、私も初めてお目にかかります」
「デメニギスさん!」
稚魚たちの歓声に、デメニギスは透明な頭をこちらに向けたが、そのまま静かに去っていった。
「さて、今度は海面に向かいます。人間の針や網に気をつけて上がりましょう」
あくまでも明るエレヴェーターガールの声に、稚魚たちもはしゃぐ。
だが、そう言う傍から、昇降器ごと網に掬われるから、ほとんどの稚魚が海面の探索を全うしたことがない。

人工的に整備された川でも産卵期の鮭などが遡上できるように装置をつけた話。

2011年9月7日水曜日

鳥の胃袋

さて、鳥は自分の胃袋が砂利砂利していることに、気がついてしまったのだ。
気がついてしまったら、気になってしまうのが鳥の性。
その砂利を吐き出したり、排泄したりすることができれば、どんなにサッパリするだろう。
鳥は夢想する。けれども、それは出来ない話だ。
コンニャクなんてのを食べてみたらどうだろうか。人間の食べ物だ。
あんまりおいしくないかもしれない。
けれど、飼い主のナナコちゃんに頼んで食べてみたら、ちょっと美味しかったので、鳥はコンニャクが好きになった。
おかげで胃袋の砂利のこともすっかり忘れてしまった。
実際、コンニャクを食べたところで、砂利が排出するわけではない。
忘れるくらいでよかったのだ。
「田楽なんていいよね」
と、鳥は今夜もナナコちゃんに囀る。

2011年9月2日金曜日

赤っ恥

火かき棒を携えた老人は、顔を弁柄色に染めている。
「よ、伊達男!」はやし立てた人々を
だんまりのまま、火かき棒で引っ掻き回して、
引き廻しの刑に処した。

There was an Old Man with a poker,
Who painted his face with red ochre.
When they said, 'You're a Guy!'
He made no reply,
But knocked them all down with his poker.

オーカーのスペルは ocher が本来なのだけども
ちくま文庫の『ナンセンスの絵本』に拠った。
リアは造語をする人なので、誤植というわけではないと思う。
スペルをひっくり返した意図まで推理できたらよいのだけれども、
生憎、英語力も頭脳も足りない。

「Guy!」は 火薬陰謀事件のGuido Fawkesを指すと思われる。
ガイ・フォークス・ナイトという行事では、ガイの人形を曳き回すそうなので、
語呂も掛けて、「引き回しの刑」を出してみた。

2011年8月29日月曜日

素手で鰐群と戰った話

「喧嘩しようぜ!」と、鰐の群れが現れた時に、私は戰う気など毛頭なかった。
「私は君たちに襲われる理由も襲う理由もないのだが」
そう言うと、鰐たちは相談を始めた。
「おまえの息子を人質に取るってことにしよう」
息子は喜んで、一番大きな鰐の背中に乗ってしまった。
「父ちゃん、がんばれ!」
全く困ったものだ。
斯くして私は鰐たちと戰うことになった。
彼らの噛み付きに気をつけながら、一匹、また一匹とひっくり返していく。
ついに息子が乗った鰐との対決だ。皮が厚く、尖っている。身体中が傷だらけになりながら、ようやく息子を取り返し、空を見上げると、たくさんの星が流れた。真夜中になっていた。
私はひっくり返した鰐を全て起こし、眠る息子を背負って家路についた。