2009年2月27日金曜日

色白日和

雪化粧した紅梅を見てときめいたのは、頬を赤らめた色白のあの娘に似ていたからだった。
それを思い出すために、梅園をぐるりと七周もした。その間に私の差していた黒い傘にはずっしりと雪が積もり重たくなった。これもまた、あの娘を抱いた時の重みを思わずにはいられない。

2009年2月26日木曜日

月の百面相

波間に映る月は、ゆらゆらと形を変え続ける。
少女も尻尾を切られた黒猫も、月が百面相をしているようで笑ってしまう。
「ねぇ、ナンナルもあんな顔してみて」
ねだられても応じない月に痺れを切らし、尻尾は月を擽りだした。
脇や首や足の裏。月はたちまち赤くなり、身を捩って笑い泣き。
心なしか波間に映る月も、さっきより大きく揺れているように見える。
黒猫は、尻尾の働きに満足する。

2009年2月25日水曜日

化石村

 長老の家に泊まることになった。
 歓迎の酒だと言って出されたグラスを受け取って、俺は尋ねた。
「よい色ですね、ウィスキーですか」
 長老は白くなった眉毛を動かしながら、答えた。
「旅の者よ、この村の古い名をご存知かな。ここは化石村と呼ばれてきた。この酒は、村で採れた琥珀で作ったものだ。お飲みなさい」
 そういえば松脂の香りがする。一口含むと、強いアルコールと針葉樹の香りに包まれ、思わず目を閉じた。
「旅の者よ。目を開けて御覧なさい。私の顔がわかりますか」
 そこには精悍な顔の青年がいた。見覚えのある眉毛が動く。

2009年2月24日火曜日

Raindrops

雨の晩はつまらないと尻尾を切られた黒猫は思っていた。
月が出ていないから、少女は出かけたがらない。黒猫も身体が濡れるのは嫌いだ。
しかし、背の低いコルネット吹きだけは違った。

夕焼け色の傘を肩で差し、器用にコルネットを吹く。雨音を伴奏者に仕立てあげ、いつもにまして切ない調べを奏でるのだった。
人の少ない通りにコルネットの音色が染み渡るのを、黒猫は雨の当たらないビルディングの階段で聴いている。

2009年2月23日月曜日

月の背中

月の裏側を見たいんだと呟きながら、ずんずんと歩く子供は満月を見上げて歩くからひっくり返りそうだった。
尻尾を切られた黒猫は月を連れて子供の前に立ちはだかり、月に言い放つ。
〔ナンナル、回れ右〕
「なぁんだ」
と子供は言い、スキップで去った。

2009年2月21日土曜日

ダンデライオン

長い名の絵描きの散歩についていくと、興味深い。
花を摘み、葉を拾い、土を集める。
高いところ、細い道、温かい場所を歩く猫の散歩とは大違いである。
長い名の絵描きはどんどんと荷物が増える。
「全部、絵の材料さ」
〔今夜は誰の絵を描くのだ?〕
尻尾を切られた黒猫は、本当は訊ねずともわかっていた。
今日摘んだ花は、キナリが好きな花だ。

2009年2月20日金曜日

くもよ

雨粒で武装した巣に君臨する蜘蛛に問う。
雲の上をてくてく歩けば、あの娘の住む町まで行けるかな。