2005年4月30日土曜日

自分を落としてしまった話

「やあ! キナリ。どこ行くの?」
長い名の絵かきが少女に声を掛けた。しかし、少女は返事をしない。
「こんばんは、キナリ。今夜も広場でラッパを吹くよ。来てくれるかい?」
背の低いコルネット吹きが少女を呼ぶ。しかし、少女は返事をしない。
「キナリ!こんな所にいたのか」
月が少女と並んで歩き始める。だが少女は無言のまま。
「おい?キナリ、どうしたんだ?具合が悪いのか?」月が肩を揺さぶる。
「キナリって誰」
「誰って、自分の名前がわからないのか!?」
〔落とし物だ〕
しっぽを切られた黒猫が駆け寄って来た。黒猫に差し出された小さな箱を受け取る。
「あ、ナンナルだ」
「キナリ?わかるか?……あぁ、よかった。その箱は何が入っているのだ?」
「ヘソノオ」

2005年4月28日木曜日

ガス灯とつかみ合いをした話

「あ、あのガス灯切れてる」
少女と月が夜道を歩いていると、一本の切れたガス灯を見つけた。
「どれ、私が見てみよう」
月がガス灯にしがみついてスルスルと登りはじめると、街灯は暴れはじめた。
「な、なんだ。修理してやるだけだぞ」
それでもガス灯が暴れるので、月は力尽くで抑え込む。
「待って、ナンナル。ガス灯が泣いてる。壊れてないから構うな、って。今夜は静かにしていたい気分なんだよ、きっと」
月が降りると、ガス灯はパッパと点滅した。
「どういたしまして」
「キナリ、ガス灯の言うことがわかったのか?」
「ナンナル、飴あげる」

2005年4月27日水曜日

星?花火?

夜空がヒュウゥと鳴った。
「花火だ!」
「星だ!」
背の低いコルネット吹きと長い名前の絵かきが同時に言った。
「ねぇ?キナリ、今のは星だよ」
「いいや、花火だったよね?キナリ」
少女はアップルタイザーをゴクリと飲んで言った。
「もう一度聞かないとわからない」
しかし、その晩二度と夜空は鳴らなかった。

2005年4月26日火曜日

TOUR DU CHAT-NOIR

〔キナリ〕
しっぽを切られた黒猫が少女を呼ぶ。
「なに?」
〔今夜、集会がある〕
「集会?」
〔黒猫の集会〕
「キナリも行きたい」
〔それはあんたが決めることだ〕
黒猫は、いつもの倍のミルクを飲み、いつもの倍、毛繕いをして出て行った。
少女は後を追う。黒猫が塀に上がれば、同じようにした。穴をくぐれば、同じようにした。
公園には、何百もの黒猫が集っていた。太ったのや痩せたの、しっぽが長いのや短いの、片目が潰れたのや足を引きずるもの、あらゆる黒猫がいたが、しっぽを切られた猫は一匹だけである。少女はブランコに腰掛け、黒猫たちの様子を眺める。
やおら一匹の黒猫が一匹の黒猫の背中に飛び乗った。その上にまた一匹が飛び乗る。さらにその背中に一匹。
それは何百回と繰り返され、最後にしっぽを切られた黒猫が飛び上がった。それを見て、少女は鬼のアパートへ向かって駆け出した。
最上階の鬼の部屋の窓から見上げても、頂点は見えない。
「ヌバタマ~!」
少女が叫ぶと、黒猫の目が一斉に光った。

2005年4月25日月曜日

AN INCIDENT IN THE CONCERT

「友達があっちの広場でラッパを吹いてるんだ」
長い名の絵かきとともに広場に行くと、少女といくらも変わらない程の背丈の男が、銀色のコルネットを吹いていた。足元には空の小さなトランク。
「やあ!プキサ!その子がキナリだね?はじめまして。ぼくの名前はチョット・バカリー」
「こんばんは。チョット・バカリー。不思議な名前」
「あなたもね」
挨拶が済むと、再び小さな男はコルネットを吹きだした。その音色を聞いた少女は、お気に入りのマグカップに作ったココアを思った。
「あ!ヌバタマ!」
いつの間にかしっぽを切られた黒猫が後ろ脚で立ち、小さな男の周りで踊っている。トランクは、硬貨が山盛りである。
少女と絵かきの他、観客は誰もいない。

2005年4月24日日曜日

星を食べた話

「ヌバタマ、何食べてるの?」
しっぽを切られた黒猫が、ビルの壁を舐めていた。
〔星〕
「星?キナリも食べる」
少女は猫の真似をして、四つん這いになり、壁を舐めた。
「星は酸っぱい」
〔星だから〕
「星だもんね〕
少女は、それが流星の…だとは、知らない。

2005年4月23日土曜日

THE WEDDING CEREMONY

教会から、黒いドレスを来た女が出てきた。
手には赤いバラだけで出来たブーケ。
「お嬢ちゃん、これ受け取ってくれるかしら?」
少女は少し驚き、隣の月を仰ぎ見る。
「もらえばいい」
月がそう言うと、少女はバラのブーケを受け取った。
「結婚したのよ」
女が微笑む。
「おめでとう、夫君は…吸血鬼氏だね」
月が言う。女が頷く。
「キナリ、そのブーケは大切にするのだぞ。生き血を吸ったバラは、何百年と美しさを保つ」
少女は満面の笑顔で女に言った。
「ありがとう、大事にする」
女は一粒朱い涙を落とした。