高校生の息子が5才だったころ、蝶ばかり書いていたことがある。
都会育ちの彼が目にする蝶は限られていたし、蝶を見てもそれほど興味を持っているようには思えなかった。
それより驚いたのは、ほかの絵と比べて蝶の絵だけ明らかに緻密で丁寧に時間をかけて描いていたことだ。
その様子に、自分の息子ながら圧倒された。こんな絵が描ける息子を誇らしく思う一方で、ほんの少し気味悪くも思っていた。
息子の蝶への執着は三か月ほどで終わった。その数、80枚。毎日のように描いていたのだ。私は全てをファイルし、本棚にしまった。
昨日、息子は自分の手でファイルを見つけた。
「これ、おれが子供ん時のでしょ」
「そう。覚えてるの?」
息子はそれに答えず、ファイルから蝶の絵を取り出し、一枚づつ破き始めた。
「ちょっと!何してるの。せっかく小さい時のアンタががんばって描いたのに。もう同じのは描けないんだよ。だからファイルに入れてしまっておいたんだから」
私は言いながら泣いていた。息子は紙を破る。蝶が一頭、また一頭と窓から飛び立っていった。
2005年2月27日日曜日
国宝「花蝶図屏風」焼失
手紙が来るなんて、ずいぶん久しぶりだ。確かに明日は誕生日だ。オレは悪友からのカードと信じて白い封筒を開いた。
畳まれた花柄の紙、中には蝶が入っていた。何と言う蝶かは、わからない。青く輝く蝶。
「キモい…」
オレは実際声に出しながら腕を精一杯伸ばし、ソレをテーブルの上に置いた。
参った。どうしよう。
しばらく悩んだ後、俺は紙ごと蝶を灰皿の上に置き、ライターの火を近付けた。
炎は予想外に大きく慌てて水を用意したが、結局使わなかった。全部灰にしてしまいたかったのだ。
畳まれた花柄の紙、中には蝶が入っていた。何と言う蝶かは、わからない。青く輝く蝶。
「キモい…」
オレは実際声に出しながら腕を精一杯伸ばし、ソレをテーブルの上に置いた。
参った。どうしよう。
しばらく悩んだ後、俺は紙ごと蝶を灰皿の上に置き、ライターの火を近付けた。
炎は予想外に大きく慌てて水を用意したが、結局使わなかった。全部灰にしてしまいたかったのだ。
2005年2月24日木曜日
2005年2月22日火曜日
舞
「銀世界に舞う蝶がいるのを知っているか?」と、隣の男は言った。
私は友人とバーのカウンターで昆虫談義に花を咲かせていた。
男はそれを聞いて話に割り込んできたのだ。
「え?」
「私は15才だった。学校から帰る途中、雪が強くなり、とうとう吹雪になった。」
男は低く小さな声でゆっくりと話始めた。
私は友人と顔を見合わせたが、黙って話を聞くことにした。
「吹雪で前が見えないはずなのに、遠くに一頭の町蝶が見えた。梅のような紅の大きな蝶だった。私はそれを目指して歩いた。幾度も転び、それでも歩いた。」
私はなぜか眠気を覚えた。気付くと友人は既にカウンターに突っ伏して寝ている。
「追い掛けるうちに紅い蝶は、だんだんと数が増えていき、まるで燃え盛る炎のようだった。あそこに行けば暖かいだろうと思い歩き続けた。」
私の記憶はそこで途切れた。
「おい、起きろよ。」
友人の声に促され、私は慌てて店を出る支度を始めた。隣の男はいなかった。つい今し方お帰りになりました、とマスターが言った。彼が残したグラスの中ではは、スノードームのように輝く粉が舞っていた。
私は友人とバーのカウンターで昆虫談義に花を咲かせていた。
男はそれを聞いて話に割り込んできたのだ。
「え?」
「私は15才だった。学校から帰る途中、雪が強くなり、とうとう吹雪になった。」
男は低く小さな声でゆっくりと話始めた。
私は友人と顔を見合わせたが、黙って話を聞くことにした。
「吹雪で前が見えないはずなのに、遠くに一頭の町蝶が見えた。梅のような紅の大きな蝶だった。私はそれを目指して歩いた。幾度も転び、それでも歩いた。」
私はなぜか眠気を覚えた。気付くと友人は既にカウンターに突っ伏して寝ている。
「追い掛けるうちに紅い蝶は、だんだんと数が増えていき、まるで燃え盛る炎のようだった。あそこに行けば暖かいだろうと思い歩き続けた。」
私の記憶はそこで途切れた。
「おい、起きろよ。」
友人の声に促され、私は慌てて店を出る支度を始めた。隣の男はいなかった。つい今し方お帰りになりました、とマスターが言った。彼が残したグラスの中ではは、スノードームのように輝く粉が舞っていた。
2005年2月21日月曜日
欲望
タカオの左腕には大きなアザがある。
「チョウみたい」
女がそこに唇を近付けようとしたのを乱暴に振り切る。
アザはかつて、本当に蝶だった。
七歳の時、タカオが捕まえたアゲハ蝶。
蝶は弱っていた。虫捕りが不得手だったタカオにあっけなく捕まり、それを待っていたように事切れた。それでもタカオは興奮した。
タカオは初めての獲物をじっくり見た。細かい毛、極彩色、鱗粉。すべてが不気味に美しかった。
と同時に、得体の知れない衝動に駆られてアゲハ蝶を左腕に右手で押し付けた。強く強く手が痺れるほどに。
いよいよ感覚がなくなって手を放すと、蝶はなく腕に蝶型のアザだけが残った。アザを見て母親は心配したが、タカオは満足だった。むしゃくしゃした時はアザを見た。蝶のアザは俺の勲章なんだ。
「こっちの獲物は、逃げても惜しくないな」
タカオは横たわる女を見下ろして思う。
「チョウみたい」
女がそこに唇を近付けようとしたのを乱暴に振り切る。
アザはかつて、本当に蝶だった。
七歳の時、タカオが捕まえたアゲハ蝶。
蝶は弱っていた。虫捕りが不得手だったタカオにあっけなく捕まり、それを待っていたように事切れた。それでもタカオは興奮した。
タカオは初めての獲物をじっくり見た。細かい毛、極彩色、鱗粉。すべてが不気味に美しかった。
と同時に、得体の知れない衝動に駆られてアゲハ蝶を左腕に右手で押し付けた。強く強く手が痺れるほどに。
いよいよ感覚がなくなって手を放すと、蝶はなく腕に蝶型のアザだけが残った。アザを見て母親は心配したが、タカオは満足だった。むしゃくしゃした時はアザを見た。蝶のアザは俺の勲章なんだ。
「こっちの獲物は、逃げても惜しくないな」
タカオは横たわる女を見下ろして思う。
2005年2月20日日曜日
山口さんのリボン
ポニーテイルの山口さんは、いつも大きなリボンを付けていた。
「きれいなリボンだね」
僕の真っ赤な顔を見ると少し驚いた顔して
「ありがとう」
と言った。
「でもね。これ、リボンじゃないんだ。ちょうちょなの」
山口さんは屈んで頭がよく見えるようにしてくれた。
ピンク色の蝶が、静かに羽を揺らめかせながらとまっていた。
「ね?」
その夜、山口さんはいなくなった。町内総出で捜したが、何も見つからなかった。
「虫捕り網をもった男にかどわかされた」
と、目撃者は言った。それ以上の手掛かりはなかった。
翌日、山口さんは帰ってきた。服も汚れていなかったし、怪我もなかったが、ポニーテイルにリボンはなかった。
山口さんは、僕の顔を見て、泣いた。いつまでも泣いた。
「きれいなリボンだね」
僕の真っ赤な顔を見ると少し驚いた顔して
「ありがとう」
と言った。
「でもね。これ、リボンじゃないんだ。ちょうちょなの」
山口さんは屈んで頭がよく見えるようにしてくれた。
ピンク色の蝶が、静かに羽を揺らめかせながらとまっていた。
「ね?」
その夜、山口さんはいなくなった。町内総出で捜したが、何も見つからなかった。
「虫捕り網をもった男にかどわかされた」
と、目撃者は言った。それ以上の手掛かりはなかった。
翌日、山口さんは帰ってきた。服も汚れていなかったし、怪我もなかったが、ポニーテイルにリボンはなかった。
山口さんは、僕の顔を見て、泣いた。いつまでも泣いた。
2005年2月18日金曜日
真夏のタマゴ
タマゴが公園を散歩していた。
このタマゴ、身長約壱米、手足もついている。タマゴのバケモノと思って下さればよろしい。
さて、タマゴが公園を散歩していた。
都内でも大きなこの公園、たくさんの人が夏を楽しんでいる。
杖を振り回しなが歩いていたおじいさんの杖にぶつかり、タマゴに少しヒビが入った。
タマゴはそこいらのタマゴとは違うので(なにしろバケモノだ)そのくらいの衝撃では割れることはない。
タマゴは散歩を続けた。
子等の投げる球が当たり、またタマゴにヒビが入った。
ベビーカーにぶつかり、またまたタマゴにヒビが入った。
このあたりでタマゴは散歩にきたことをやや後悔する。
そして犬に吠えられた。驚いたタマゴはゴロンと転んでヒビからまっぷたつに割れてしまった。
真夏の太陽に照らされたアスファルトの上で、あられもない姿になったタマゴは目玉焼きになった。
このタマゴ、身長約壱米、手足もついている。タマゴのバケモノと思って下さればよろしい。
さて、タマゴが公園を散歩していた。
都内でも大きなこの公園、たくさんの人が夏を楽しんでいる。
杖を振り回しなが歩いていたおじいさんの杖にぶつかり、タマゴに少しヒビが入った。
タマゴはそこいらのタマゴとは違うので(なにしろバケモノだ)そのくらいの衝撃では割れることはない。
タマゴは散歩を続けた。
子等の投げる球が当たり、またタマゴにヒビが入った。
ベビーカーにぶつかり、またまたタマゴにヒビが入った。
このあたりでタマゴは散歩にきたことをやや後悔する。
そして犬に吠えられた。驚いたタマゴはゴロンと転んでヒビからまっぷたつに割れてしまった。
真夏の太陽に照らされたアスファルトの上で、あられもない姿になったタマゴは目玉焼きになった。
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