2025年2月1日土曜日

冬の星々140字小説コンテスト「重」未投稿作

 庭に埋められ空襲を逃れたという重箱に、おせちを詰めていく。かれこれ百年経つ筈だが、欠けも剥げもなく見事に四角い。だが今年、同じ寸法で一段だけ誂えた。やはり与の段で菜箸が止まる。盛り付けようとすると煮しめの人参が、蓮根が、弾かれ宙を舞う。飛翔人参は華麗に新重箱に着地した。拍手喝采。(140字)


2025年1月31日金曜日

#冬の星々140字小説コンテスト「重」投稿作

 荒れた家だった。手入れされないままの植物が屋内外に放置されていた。「現代の八重葎だな……」と独り言ち、淡々と植木鉢を軽トラに積んでいく。出来心で荷台の植木鉢にホースで水を撒くと、瞬く間に緑が鮮やかになった。花を咲かせるものまである。振り返れば、やけに奇麗になった家が澄ましていた。(140字)

2025年1月20日月曜日

#冬の星々140字小説コンテスト「重」投稿作

昔住んでいた古いマンションのエレベーター前には大小の石ころが積まれていた。軽くても重くても警告音が鳴る。私の身体は、このエレベーターには軽かった。手ぶらの時は形の良い漬物石のようなのを抱き、買い物帰りにはゴツゴツした黒い石を握る。馴染みの石がいる生活は悪くない。懐かしい思い出だ。(140字)

++++++++
予選通過

2025年1月16日木曜日

#冬の星々140字小説コンテスト「重」投稿作

鉛のようになった身体で歩く帰り道。そんな夜には重金属が漂っているのだと教えてくれる人がいた。スキップしながら帰るといい、と言われたことを思い出し「らんららん」と靴を鳴らす。私の足取りは軽くなり、街路灯は仄暗くなって、アスファルトに鈍い光を放つ澱が溜まっていく。東京の空に満天の星。(140字)

2025年1月1日水曜日

「花」(2021年4月、月々の星々のテーマ)

 寒空の下、バラ園内を歩く。人は見えず、小さな草花がちらほら咲いている。頭の中では悩んでも仕方のないことばかりが絶えず流れている。急に強い香りが鼻腔を襲ってきた。季節外れのバラが一輪。大きい。ずいぶん威張っている。そして少し寂しそうだ。傍らのベンチに腰掛け、共に真冬の風に吹かれた。(140字)

2024年12月24日火曜日

「空」(2021年3月、月々の星々のテーマ)

 鴉は耕したばかりの畑を、降ったばかりの雪道を、しっかりと踏みしめる。鴉の足跡は素敵だ。「鴉」の字の左っ側に似た足跡が付くと嬉しい。けれど、どうしても空には足跡が残せない。飛行機は何やら白いのが残るではないか。空飛ぶもの同士なのに。飛ぶからいけないのか。歩いてみようか、この青空を。(140字)

2024年12月17日火曜日

「香」(2021年2月、月々の星々のテーマ)

「O香」という駅で電車を降りる。超満員電車だったが他に降りた人はいない。迎えの車で病院に行く。部屋は和室、患者は私一人。大勢の同じ顔の看護師がすべての世話をしてくれる。私がやることは、まばたきだけ。手術を終え、誰にも会わないままO香を離れた。「るびせんか」と読むことは後から知った。(140字)