2025年1月20日月曜日

#冬の星々140字小説コンテスト「重」投稿作

昔住んでいた古いマンションのエレベーター前には大小の石ころが積まれていた。軽くても重くても警告音が鳴る。私の身体は、このエレベーターには軽かった。手ぶらの時は形の良い漬物石のようなのを抱き、買い物帰りにはゴツゴツした黒い石を握る。馴染みの石がいる生活は悪くない。懐かしい思い出だ。(140字)

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予選通過

2025年1月16日木曜日

#冬の星々140字小説コンテスト「重」投稿作

鉛のようになった身体で歩く帰り道。そんな夜には重金属が漂っているのだと教えてくれる人がいた。スキップしながら帰るといい、と言われたことを思い出し「らんららん」と靴を鳴らす。私の足取りは軽くなり、街路灯は仄暗くなって、アスファルトに鈍い光を放つ澱が溜まっていく。東京の空に満天の星。(140字)

2025年1月1日水曜日

「花」(2021年4月、月々の星々のテーマ)

 寒空の下、バラ園内を歩く。人は見えず、小さな草花がちらほら咲いている。頭の中では悩んでも仕方のないことばかりが絶えず流れている。急に強い香りが鼻腔を襲ってきた。季節外れのバラが一輪。大きい。ずいぶん威張っている。そして少し寂しそうだ。傍らのベンチに腰掛け、共に真冬の風に吹かれた。(140字)

2024年12月24日火曜日

「空」(2021年3月、月々の星々のテーマ)

 鴉は耕したばかりの畑を、降ったばかりの雪道を、しっかりと踏みしめる。鴉の足跡は素敵だ。「鴉」の字の左っ側に似た足跡が付くと嬉しい。けれど、どうしても空には足跡が残せない。飛行機は何やら白いのが残るではないか。空飛ぶもの同士なのに。飛ぶからいけないのか。歩いてみようか、この青空を。(140字)

2024年12月17日火曜日

「香」(2021年2月、月々の星々のテーマ)

「O香」という駅で電車を降りる。超満員電車だったが他に降りた人はいない。迎えの車で病院に行く。部屋は和室、患者は私一人。大勢の同じ顔の看護師がすべての世話をしてくれる。私がやることは、まばたきだけ。手術を終え、誰にも会わないままO香を離れた。「るびせんか」と読むことは後から知った。(140字)

2024年11月12日火曜日

「雪」(2021年1月、月々の星々のテーマ)

ニクスは雪のように白い紙で本を作って売り歩く。お客は不意にニクスの前に現れて「よいタイトルだね。中を見ても?」と決まって言う。パラパラ捲って「面白そうだ。君が書いたの?」と、これも必ず聞かれてニクスは曖昧に微笑む。ニクスはペンを持っていない。雪のように白い本を、汚したくないから。(140字)

2024年11月5日火曜日

「灯」(2020年12月、月々の星々のテーマ)

少々軽薄だが口遊みたくなるメロディーが聞こえる。「ポカポカ印の灯油販売車です」あぁ半年ぶりの灯油屋か。春まで毎日聞くことになるだろうが、販売車は何年も見ていない。この辺りでは焼き芋屋も竿竹屋も売り声だけが残っていて、今も変わらず夕暮れの町内に響く。灯油屋も大方そんなところだろう。(140字)