2024年1月13日土曜日

#冬の星々140字小説コンテスト投稿作 「広」投稿作

子供の頃に住んでいた町には広場があった。小さな時計台があり、フィドル弾きが鳩や猫を相手に演奏していた。古い郵便ポストがポツンと淋しそうにしていたから、よく手紙を出した。書ける文字は少しだけ。切手も貼っていない。その手紙が60年を経て届いた。孫が喜び、返事を書くんだと張り切っている。(140字)

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予選通過 

2024年1月8日月曜日

#冬の星々140字小説コンテスト投稿作 「広」投稿作

往来で文字通り大風呂敷を広げている人がいる。警官に注意されても気にする様子はない。口上を述べるが異国の言葉なのか、聞き取れない。最後に風呂敷に飛び込み、吸い込まれた。大風呂敷は軽やかに宙に舞い、電線に絡み付き停電が起きた。大風呂敷に消えた人を案ずる者が一人でもいればよいのだが。(139字)

2024年1月4日木曜日

果実戯談 パイナップル

パイナップルの飛行性能を人類はやっと活かせるようになった。若者は自由に乗りこなし、老人もパイナップルを抱きしめて飛び回り始めた。抱かれたパイナップルは照れくさいのかトゲトゲしくぶっきら棒な飛びっぷりになるが、その分おいしくなることを酸いも甘いも噛み分けた老人たちはよく心得ている。(140字)

2023年12月5日火曜日

果実戯談 マンゴスチン

初めてマンゴスチンを食べた日、大切な物をマンゴスチンの殻に仕舞うと長持ちすると先生は言った。一番仲の良い人形に今日からここがあなたのベッドだと話すと、少量の魔法で殻を大きくし、器用に身体を畳みマンゴスチンの殻の中で眠るようになった。首の向きも脚の角度も私には真似できない美しさ。(139字)

2023年12月1日金曜日

果実戯談 レモン

目覚まし時計が鳴る10分前、部屋は爽やかな香りで満たされ、薄っすらと覚醒を始める。そろそろ目を開けてやろうかと思う頃、頬にひんやりとしたものがぐりぐりと押し付けられる。唇に落ちてきた酸っぱい雫を舐め完全に目覚める。鳴り始めるアラーム。おはようレモン、今日も起こしてくれてありがとう。(140字)

2023年11月18日土曜日

果実戯談 スイカ

私が歩いた跡にはスイカの種が落ちる。種はどこに落ちてもその場で育ち、とても小さなスイカの実になって私の元へ転がって帰ってくる。私はスイカの実を拾い上げると「よく帰ったね」と撫で、ポイと口に放り込む。季節に関係なく甘い。そしてまた私はスイカの種を落としながら歩むのだ、命尽きるまで。(140字)

2023年11月2日木曜日

果実談義 メロン

 「道に迷ってしまって」ご老人に話しかけられた。年季の入ったメロンの上を不安そうに指が彷徨っている。「私のメロンと比べて見ましょう」幸いご老人の目的地はすぐわかった。私は申し出てご老人とメロンを交換した。古いメロンを指で辿ると昔の町並みの香りが鼻腔を擽る。さて時間散歩と洒落込もう。(140字)