2023年12月1日金曜日

果実戯談 レモン

目覚まし時計が鳴る10分前、部屋は爽やかな香りで満たされ、薄っすらと覚醒を始める。そろそろ目を開けてやろうかと思う頃、頬にひんやりとしたものがぐりぐりと押し付けられる。唇に落ちてきた酸っぱい雫を舐め完全に目覚める。鳴り始めるアラーム。おはようレモン、今日も起こしてくれてありがとう。(140字)

2023年11月18日土曜日

果実戯談 スイカ

私が歩いた跡にはスイカの種が落ちる。種はどこに落ちてもその場で育ち、とても小さなスイカの実になって私の元へ転がって帰ってくる。私はスイカの実を拾い上げると「よく帰ったね」と撫で、ポイと口に放り込む。季節に関係なく甘い。そしてまた私はスイカの種を落としながら歩むのだ、命尽きるまで。(140字)

2023年11月2日木曜日

果実談義 メロン

 「道に迷ってしまって」ご老人に話しかけられた。年季の入ったメロンの上を不安そうに指が彷徨っている。「私のメロンと比べて見ましょう」幸いご老人の目的地はすぐわかった。私は申し出てご老人とメロンを交換した。古いメロンを指で辿ると昔の町並みの香りが鼻腔を擽る。さて時間散歩と洒落込もう。(140字)

2023年10月31日火曜日

果実談義 桃

季節外れの桃を買った。八百屋の親父さん曰く「ペット用? 観賞用? だかの桃らしいんだが俺もよくわからん」重さも触り心地も桃そのもの。よい香り。やさしく撫でると微かに身震いする。寿命はわからない。食べる桃ならとうに腐っているはずだ。甘い香りが強くなってきた。気のせいだと思いたい。(137字)

2023年10月17日火曜日

果実談義 柿

新しいパソコンを買ったらマウスが柿だった。ヘタが掌に障るかと思ったがそうでもない。矢印はするする動き回り、軽快にクリック。実に快適だ。だがレシピやカフェ情報など食べ物を検索する時だけは暴走する。近頃は柿の好みもわかってきたし、何より柿の選んだカフェは間違いがないので、任せている。(140字)

2023年10月4日水曜日

#イメージの色見本 ④秋

 

冷たい風が首筋を駆け抜ける。踏切はなかなか開かない。天高く警報音が鳴り響いている。空を見上げれば雲のふりをした鰯が泳いでいる。今年は雪が積もる前に故郷に帰ろうか。そんな事を考えていたらやっと電車が見えてきた。いや、電車のふりをした龍だ。(118字)
 

2023年10月1日日曜日

果実戯談 キウイ

誰が読むともしれない手紙を書く。悩み事や愚痴を書き連ねることもあるし、空想の話をすることもある。便箋を畳み、封筒に入れる。しっかりと封をし、切手を貼り、宛名は書かない。半分に切ったキウイをスタンプして、郵便ポストに投函する。私にも、キウイが捺された知らない人からの手紙が時々届く。(140字)