懸恋-keren-
超短編
2021年11月6日土曜日
どんぐり #ノベルバー day6
毎秋、おいしいどんぐりの見分け方を須田爺さんに習うが、次の秋になるとすっかり忘れている。
「爺さんはどうして覚えていられるんですか」と尋ねると、「覚えていられるもんか。ゾウムシに訊くんだ」と言う。そういえば、このやりとりも毎年のことだ。(117字)
2021年11月5日金曜日
秋灯 #ノベルバー day5
冷たい風が気持ちのよい夜は秋灯を集めるのに相応しい。住宅街をゆっくり歩き、ぽつりぽつりと家々の光を頂戴する。感のよい人は電灯が一瞬消えたことに気付くかもしれない。
集めた秋灯はもっと寒くなるまで大切に取っておく。秋灯で照らし読む冬の本は格別だ。(121字)
2021年11月4日木曜日
紙飛行機 #ノベルバー day4
紙飛行機の製作に傑出した技術を持つその国では、国民はひとり一機の紙飛行機を所有し、日常の乗り物として浸透している。しかし、類い稀な進化をしているとはいえ所詮は紙飛行機。風任せの交通手段に適応した呑気な国民性で、外交には支障をきたしている。(119字)
2021年11月3日水曜日
かぼちゃ #ノベルバー day3
ハロウィーンから数日後、大王の亡骸がそこかしこに転がっている。多くの者は見て見ぬふりで弔おうとはしない。子供の頃、毛布が四六時中手放せなかった者だけが、その亡骸を煮物にするか、畑に植えるか迷う権利を持っている。(105字)
2021年11月2日火曜日
屋上 #ノベルバー day2
屋上庭園はやがて小さな森となった。森たちは手を広げるように枝を伸ばし屋上と屋上が繋がり、森林は東京中の空を繁茂し、覆いつくした。
人々は、かつて地上だったところを「地下」と呼び、かつて地下だったところは「地底」と呼んでいる。(111字)
2021年11月1日月曜日
反響性言語
決して発語してはならない言語があるのをご存じか。これがその言語の辞書だ。書き言葉としてのみ存在する。
その言語を発すると、本人の意思に関わらず最低百二十八回は大声で繰り返し発語され、喉が渇き、意識は朦朧とする。
その語の音声は地球上の物質あらゆるものにこだまし、山海を越え、世界中で鳴りやまぬこと七十六日。
安心したまえ、ここはこの辞書の発音記号を習得するための特殊な吸音部屋だ。(187字)
鍵 #ノベルバー day1
祖父母の気難しい家を引き継ぐことになった日、たくさんの鍵の束を前に祖母は「鍵束の中から甘い鍵を一本だけ探し当てなさい。それがその時刻の鍵よ」と、紅茶を飲みながらのんびり言った。
「鍵が違っていたら?」
「ポストに淹れたての紅茶を注いで、やり直し」(121字)
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