「消えず、見えず、インクの、旅の人、ですね」
話し方と同じく、物腰もやわらかな人だった。
「ここは、これまで転移してきた、どこよりも、不思議なところです」
真似してゆっくり話そうとするが、興奮と混乱と、そしてやっと人に会えた安堵で、思うほどはゆっくり話せない。
「そうでしょう、そうでしょう。私の、家に、いらっしゃい。鳥さんも、一緒に」
青い鳥を抱きかかえ、ゆっくりの人に付いていく。歩くのも、ゆっくりだった。
太陽も月もあんなに速いのに、人はこんなにゆっくりなのか。
ゆっくりの人の家は、地下にあった。
その入り口は、島を一周しただけでは気が付かない、小さな穴だった。
地下の通路の向こうに、立派な扉があった。
扉の向こうは、広々とした家だった。すべてが整えられ、きちんとして、穏やかだった。
「この、島は、どうなっているんで、すか?」(358字)
2020年3月20日金曜日
2020年3月15日日曜日
鳥の墜落
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
青い鳥も青い鳥なりに混乱しているらしく、やめろと言っても人探しをやめない。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
己の声が続いて聞こえるのが不思議で仕方なく、やめられないらしい。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
混乱は混迷を極め、青い鳥はポトリと肩から墜落した。
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
「小さな、声で、ゆっくり、話すと、よいですよ」
と穏やかな声が背後から聞こえた。(333字)
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
青い鳥も青い鳥なりに混乱しているらしく、やめろと言っても人探しをやめない。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
己の声が続いて聞こえるのが不思議で仕方なく、やめられないらしい。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
「消えず見えずインクの旅券を持つ者と、相見える者はおらぬか」
混乱は混迷を極め、青い鳥はポトリと肩から墜落した。
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
「鳥! 鳥! 大丈夫か」
「小さな、声で、ゆっくり、話すと、よいですよ」
と穏やかな声が背後から聞こえた。(333字)
2020年3月10日火曜日
2020年3月5日木曜日
波と歩く
歩き始めてすぐに思いついて、×印を目印に砂浜に描いた。
ここが本当に島なのか、どのくらいの広さなのか、確かめるために。
それから、ひたすら砂浜を歩いた。
砂を踏む感触や音、波の様子におかしなところがないか、注意を払う。
青い鳥は肩の上で静かにしている。
砂浜の感触は、変わったところはなかったが、波が気になりだした。
ここに来てからずっと波を見て、波を聞いていたのに、気が付かなかったとは、不覚だ。
波が、速い。太陽が沈む速度、月が昇る速度が速いことに気が付いた時に、わかるべきだったのに。
「歩く」という自分のリズムが、波のリズムと違いに気づかせたのだろう。少し速足にしてみる。まだ波が速い。波に合わせて駆けてみると、すぐ×印に戻ってしまった。(315字)
ここが本当に島なのか、どのくらいの広さなのか、確かめるために。
それから、ひたすら砂浜を歩いた。
砂を踏む感触や音、波の様子におかしなところがないか、注意を払う。
青い鳥は肩の上で静かにしている。
砂浜の感触は、変わったところはなかったが、波が気になりだした。
ここに来てからずっと波を見て、波を聞いていたのに、気が付かなかったとは、不覚だ。
波が、速い。太陽が沈む速度、月が昇る速度が速いことに気が付いた時に、わかるべきだったのに。
「歩く」という自分のリズムが、波のリズムと違いに気づかせたのだろう。少し速足にしてみる。まだ波が速い。波に合わせて駆けてみると、すぐ×印に戻ってしまった。(315字)
2020年2月24日月曜日
せっかちな太陽と、月の勢い
この島の夕日は、速度が速すぎた。
2倍速、3倍速で沈んでいき、一気に深い闇がやってきた。街灯はない。
幸い、心細いだけで寒くはなかったので、じっとしていることにした。何も見えない中で動いてもよいことはないだろう。
波音だけの世界でじっとしていると、今度は満月が勢いよくのぼってきた。「月だ」と思ったら、もう高く冴え冴えと輝いている。
青い鳥は、月夜を浴びて、昼間とは別の美しさを見せている。
白い砂浜に移る自分の影と青い鳥の影を見て、少し歩いてみても大丈夫な気がして、立ち上がる。
「懐中電灯を与える者はおらぬか、なんて言わなくてもいい」と青い鳥によく言い聞かせながら歩き始めた。
満月に照らされながら、波打ち際を歩く。(303字)
2倍速、3倍速で沈んでいき、一気に深い闇がやってきた。街灯はない。
幸い、心細いだけで寒くはなかったので、じっとしていることにした。何も見えない中で動いてもよいことはないだろう。
波音だけの世界でじっとしていると、今度は満月が勢いよくのぼってきた。「月だ」と思ったら、もう高く冴え冴えと輝いている。
青い鳥は、月夜を浴びて、昼間とは別の美しさを見せている。
白い砂浜に移る自分の影と青い鳥の影を見て、少し歩いてみても大丈夫な気がして、立ち上がる。
「懐中電灯を与える者はおらぬか、なんて言わなくてもいい」と青い鳥によく言い聞かせながら歩き始めた。
満月に照らされながら、波打ち際を歩く。(303字)
2020年2月18日火曜日
夕暮れのない海
「消えず見えずインクの旅券を持つ者に、色眼鏡を与える者はおらぬか!」
青い鳥が青い空と青い海のもとで、これ以上ないくらい青い羽を輝かせながら、朗々と呼びかける。
が、広すぎる空と海、風と波音にその声はさらさらと吸い取られていく。
なにしろ、人の気配がない。
「人がいないようだから、無理に喋らなくてもいい」
と言うと、青い鳥は存外に素直に黙った。
日差しを避けるものが全く見当たらない。あっという間に肌が焼けそうだ。サングラスか帽子があれば助かるのも確かだが、この独りぼっちも、悪くない心持ちだった。
波が来そうでこないあたりに腰かけて、ずっと海を見ていた。いくらでもこうしていられるような気がした。もうずっと、人の世話になりっぱなしで、鳥の世話にもなりっぱなしで、こうしてぼんやりするような時間は久しぶりなのだと気が付いた。
どれだけ経ったのかわからない。少し日が傾いてきたか?と思ったら、あっという間に夜になってしまった。
「夕暮れ」が、短すぎる。(417字)
青い鳥が青い空と青い海のもとで、これ以上ないくらい青い羽を輝かせながら、朗々と呼びかける。
が、広すぎる空と海、風と波音にその声はさらさらと吸い取られていく。
なにしろ、人の気配がない。
「人がいないようだから、無理に喋らなくてもいい」
と言うと、青い鳥は存外に素直に黙った。
日差しを避けるものが全く見当たらない。あっという間に肌が焼けそうだ。サングラスか帽子があれば助かるのも確かだが、この独りぼっちも、悪くない心持ちだった。
波が来そうでこないあたりに腰かけて、ずっと海を見ていた。いくらでもこうしていられるような気がした。もうずっと、人の世話になりっぱなしで、鳥の世話にもなりっぱなしで、こうしてぼんやりするような時間は久しぶりなのだと気が付いた。
どれだけ経ったのかわからない。少し日が傾いてきたか?と思ったら、あっという間に夜になってしまった。
「夕暮れ」が、短すぎる。(417字)
2020年2月6日木曜日
色眼鏡
ふんわりと、暖かい毛布に包まれたような心地がする。
このままこうしていたいと思ったけれど、それはあっという間に終わってしまった。
目を開けると、目の前は海だった。 波打ち際にいる驚きの前に、身体を点検した。
心地よかったとは言え、炎の中に入ったのだ。
火傷する暇は本当になかったようだ。
肌も服も、焦げ跡ひとつ見つからなかった。
肩に留まっている青い鳥もしげしげと見てみたが、無傷だ。青い鳥の美しさに初めて気が付いた気がする。こんなに輝く羽の持ち主だったのか……。
目の前の海も眩しすぎるほどの青い海。大きな波音。鳥も負けずに青さを主張している。
腕まくりをする。暑い。眩しい。ここは南の島なのだろうか。
「サングラスが欲しい」と呟くと、すかさず青い鳥が叫ぶ。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者に、色眼鏡を与える者はおらぬか!」(354字)
このままこうしていたいと思ったけれど、それはあっという間に終わってしまった。
目を開けると、目の前は海だった。 波打ち際にいる驚きの前に、身体を点検した。
心地よかったとは言え、炎の中に入ったのだ。
火傷する暇は本当になかったようだ。
肌も服も、焦げ跡ひとつ見つからなかった。
肩に留まっている青い鳥もしげしげと見てみたが、無傷だ。青い鳥の美しさに初めて気が付いた気がする。こんなに輝く羽の持ち主だったのか……。
目の前の海も眩しすぎるほどの青い海。大きな波音。鳥も負けずに青さを主張している。
腕まくりをする。暑い。眩しい。ここは南の島なのだろうか。
「サングラスが欲しい」と呟くと、すかさず青い鳥が叫ぶ。
「消えず見えずインクの旅券を持つ者に、色眼鏡を与える者はおらぬか!」(354字)
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