2017年1月1日日曜日

一月一日 おみくじ

初詣に三十分も並んだのは、ずいぶん久しぶりである。暖かい正月だったから、それほど苦ではなかったが、私の前はタヌキの家族で、後はキツネの家族だったので、化かされやしないかと少々ハラハラしながらの初詣であった。

おみくじを引く。
「大吉」
幸先がよい。気分よくおみくじを結びつけていると、声を掛けられた。

先ほどのタヌキの家族である。「おみくじの字が難しい、読んでくれ」というので、音読する。
「末吉~!」
「油断せず~努力すれば望み叶う~」
私の声は思いがけず高らかに一月一日の神社に響き渡った。そんなに大きな声で読み上げているつもりではないのに、止まらない。
「待人~遅いが来る~」
四つの毛むくじゃらに見上げられて悪い気はしないのが不思議である。

2016年12月22日木曜日

豆鉄砲

 目覚まし時計より早く目が覚めたのは、息苦しさを覚えたからだった。深呼吸をしようとして、やっぱり息苦しい。そしてなんだか視界が暗いというか狭いような気がして、目を擦ろうとした。が、手に触れたのは瞼ではなかった。なにか硬いもの。
 家族を起こさないように慎重に起き上がって、洗面所に行く。狭い視界で鏡を見て、「んあっ!」とよくわからない声が出た。鬼がいた。
 鬼面が顔に張り付いているらしい。恐ろしい顔の鬼だった。
 外そうとしたけれども、外れない。引っ張っても痛くはない。狭くて暗い視界、少しの息苦しさ。お面と顔の間には隙間、確かに隙間があるのに、ぴったりと吸い付いているかのように動かない。
 家族が起きだすまでにどうにかしなくちゃならない。子供たちはきっと大泣きするだろう。通報されるのを覚悟で外に出てみることにした。
 まだ暗い外には、人の気配はなかった。なんとなく鳩公園のほうに歩いた。鳩公園にはたくさんの鳩がいて、それはもう、おびただしい数の鳩なのだ。不気味なのだろう、遊んでいる子がいるのを見たことがない。
 早朝にも関わらず鳩公園には足の踏み場もないくらいに鳩がいた。公園に一歩踏み入れると、一斉に鳩がこちらに注目した。背筋が凍る。

ババババババババババババ

 顔に何かが命中する。すごい数だ。

ババババババババババババ

 小さな粒がお面に当たっているようだ。目に入る心配はないのに、ぐっと目を閉じ、歯を食いしばる。
  唐突に音が止み、顔が軽くなった。そっと目を開けると、何食わぬ顔の鳩たちと、足元には散乱した大豆。そして、鬼の面。

氷砂糖さん企画 #同じ骨

2016年12月18日日曜日

十二月十八日 作戦:夕食

ここのところ、夕食中に何者かによる攻撃を受け、なかなか落ち着いて食べることができずにいた。
これまでの作戦としては、「何者かを監禁する」「何者かを手で追い払う」「何者かを大声で威嚇する」などがあったが、あまり効果はなかった。
本日も何者かによる攻撃が予想されたが、何者かの睡眠時間と夕食が重なったおかげで、攻撃はなかった。
久しぶりの平和な夕食であった。

2016年12月9日金曜日

十二月九日 玉葱玉ねぎたまねぎ

玉葱と玉ねぎとたまねぎについて考えていたら、涙が出てきた。考えていただけで、タマネギは切っていない。
涙は赤茶色なのに、涙を拭いたハンカチは黄色く染まった。私は白いハンカチしか持たないのだから、これは困ると思って慌てて洗濯したけれど、点々と黄色が残ったままだった。
よく見ればその点々とした黄色は猫の足跡の形で、それを辿っていったら玉葱の魔宮に取り込まれることがわかっていたので、玄関に飾った。クリスマスの飾りにちょうどいいと思う。

2016年12月7日水曜日

十二月七日 インターホンは痛がっている

インターホンが新しくなった。カメラ付きになり、防犯上も安心である。
ところが、このインターホン、インターホンの癖にボタンを押されると涙を流すのだ。おかげで訪問者の主に右人差し指が濡れてしまう。
チャイムはどうしても「いたーい。いたーい。」と聞こえるし、それはもう悲痛な叫びなのだが、よいこともあった。近所の悪ガキたちによる「ピンポンダッシュ」が一切なくなったのである。

2016年11月24日木曜日

十一月二十四日 パトロール

大雪である。季節外れの雪の中、近所のパトロールに出かけた。雪の日にパトロールに出かけるのは私の恒例である。たとえ季節外れでも欠かすことはしない。
雪はどんどん降る。途中で、シロクロの野良猫と一緒になった。彼(たぶん雄猫)も同じく雪の日のパトロールだそうだ。我々はしばらく共に歩き、雪の降り方と人の足跡と猫の足跡を確認し合った。
私は彼の黒い模様を褒めた。「君の身体は雪の日にとても美しく映える」。彼は私の青い傘を褒めた。側溝に入ると言う彼と別れて、私は家に戻った。青い傘についた雪は、なかなか解けなかった。

2016年11月15日火曜日

十一月十五日 排水トラップの罠

ぴちょん  ぴちょん  ぴ ちょん  ぴちょん
洗面所の排水管が壊れたらしい。水滴が落ちる音がする。
じっと目を凝らしても、水を流しても、水は落ちない。ちょっと離れるとまた「ぴちょん」。
私は排水管と「だるまさんがころんだ」をやる趣味はない。

駆け付けたおじさんは、素晴らしく鮮やかに修理をしてくれた。それはもう、目にもとまらぬ速さで。
「排水管も知恵をつけてきてね……手早くやらないと、騙されるんで……最近、このテの排水管故障が多いんですよ、この後もう一軒、同じような工事が入っているので、じゃ、失礼します!」
そう言うとおじさんは去っていった。

工事代金は9720円。