2016年3月17日木曜日

三月十七日 脚立

脚立がキャタキャタ歩いてやってきた。おおいに助かったけれど、ちょっと小さな脚立だったので、天井に手を伸ばすには少々難儀した。
脚立曰く、大きな脚立は自分では歩けないらしい。覚えておこう。

2016年3月10日木曜日

三月十日 少年と猫

スケートボードに乗った少年が、猫に挨拶する。
「おはよう!」
もうすぐ午後三時である。続けて少年は猫に言う。
「いい天気だね!」
空を見上げれば、低い雲。今日は三月とは思えない寒さだし、明日は雪の予報だ。
私だけ、違う世界に居るのやもしれぬ。

2016年3月8日火曜日

三月八日 ダンボール

大きいダンボールに中くらいのダンボールを入れて、中くらいのダンボールに小さいダンボールを入れて、小さいダンボールにもっと小さいダンボールを入れて、そして豆本をそっと入れようとしたら、大きいダンボールが大きすぎて、一番小さいダンボールに手が届かない。 ぐっと手を伸ばしたら、大きなダンボールに転げ落ちて、ここがどこだかわからない。

2016年2月25日木曜日

二月二十五日 ヤギさん

 郵便配達員が、携帯電話で話をしている。気難しそうにウロウロとスクーターの周りを歩きながら、「はい、はい。ヤギさんが。はい、こちらでも把握しておりますが、はい」
八木さんがどうしたのだろうか。そういえば、最寄りの郵便局の窓口に八木さんという人がいる。先日、八木さんからヤギの図柄の切手を買った。
 家に着く。最近、玄関に立つと、小さな聞き慣れない音が聞こえる。どこから聞こえるのかわからない。少し気になるが、家に入るとすぐに忘れてしまう。
 一息入れて、ラジオを付けると「小さなヤギによる郵便物の盗難が多発している」というニュースが流れた。
 慌てて玄関に出る。ポストに近づくと、あの小さな音がはっきり聞こえてきた。紛れもなく咀嚼音。

2016年2月10日水曜日

二月十日 読書する犬

公園のベンチに、老人と犬。老人の広げる本を、脇から犬が熱心に覗き込んでいる。
タイトルが見えた。『正しいおじいさんの飼い方』

2016年1月16日土曜日

動物たちの晩餐

イエローの湯気が立ち上る。いい匂い。これから何か始まる予感がする。
ぽつり、ぽつり、と動物たちがやってきた。
最初はおとなしくしていた動物たちが、 突然、気配を濃厚にする。ライオンだ!
けれど、誰も逃げない。いい匂いがするからだろうか。
最後にスープが現れた。湯気の正体は、スープだった。温かいスープ、みんなで食べよう。

2016年1月15日 イベント「スープのたね」きくちちき、有賀薫


2016年1月3日日曜日

くじらの東宮

くじらの東宮は、春を目指す。冬が生まれたその瞬間に、春を求めて旅を始める。白い息を吐きながら、心はもう春の気配が芽吹いている。一直線に春を目指す。長い旅になるが、航路に間違いはない。

だが、今年は少しだけ後ろ髪を引かれながらの出立だった。冬を見送る秋の視線が、なぜか忘れられない。

 イラストレーション:へいじ