2015年1月21日水曜日

或いは歯の夢


 歯と歯茎だけの存在である私を、貴女は受け入れてくれましたね。
 貴女は私の歯茎を、指で、舌で、そっと何度もなぞりました。
 私に喉まであれば、歓喜の声を上げたのに。
 お礼をしたかったけれど、貴女の控えめな乳首を甘く囓ることしかできませんでした。
 私はいま、歯科診療室の戸棚の上に軟禁されています。
 真夜中 の診療室で、この手紙を書いています。
 強い噛み跡のついた鉛筆に、明日の朝、歯科医が気がつくでしょう。

妄想二人展出品作

2015年1月13日火曜日

一月十三日 電話

方方に用事があって、電話を掛けるが、どこにもつながらない。
呼び出し音は「トゥルルルル……」ではなくて「パッパカパーン」と軽快なファンファーレだから、仕方がない。
そのくせ、電話は鳴りっぱなしである。こちらからは掛けられないのに。
取れば、聞いたことのないような早口で、さっぱり何を言っているかわからない。
「どちらにお掛けですか?」「番号のご確認を」と言って切っても、すぐに掛かってくる。
何度目かで、ようやく耳が慣れてきたら、ひとつだけわかった。何かを祝う言葉。
私を祝っているわけではなく、なにかめでたいことがあったらしい。
よくわからないけれど「おめでとうございます」と相手に倣って早口で言ってみたら、電話は鳴り止んだ。


2015年1月9日金曜日

一月九日 妄想帰り

こっちの店のほうが、葱が安かった。
負け惜しみしながらも、家路を急ぐ。
妄想が溢れていまにもリュックから零れ落ちそうだったから。


2015年1月8日木曜日

一月八日 計算

電卓片手に、あれこれ計る。測る。図る。
電卓が文句を言い始めて、やっと我に返った。
何を計算したかったのだろう。
ウサギはヒゲを抜いている。


2015年1月7日水曜日

一月七日 ドア

34ミリ。このドアの厚さである。
ドアの中には(ドアの向こう、ではない。中である)、ちょっとした化物が住んでいることを、今日発見した。
このドアは、ずいぶん前からノブが壊れていた。今日、私はドアノブ交換を決行したのだ。
そして、その際にその小さな化物と目が合ってしまった。
ドアをノックするときは要注意だ。ドアの向こうの人が返事をしなければ、ドアの中の化物が返事をする。
つまり、このドアは必ず返事をする。
トントントン、誰かいますか。


2015年1月4日日曜日

十二月二十八日 鳥居

続く鳥居の向こうに、お稲荷さんが見えている。
歩いても歩いてもお稲荷さんに辿り着かない。
「キツネに化かされたかしらん」
とつぶやくと、「ウサギの仕業だよ」とお稲荷さんから声がした。
ウサギは毛を逆立てて、私の後ろで跳ねている。


2015年1月1日木曜日

人工衛星の街角

 その人工衛星は、三百年前に役目を終え、今はただ、律儀に軌道を描いているだけ。
地球の人々はそう思っていた。
 実際、百年前まではそうだったのだ。だが、人工衛星だって馬鹿ではない。作られた当時の最新技術が搭載されていたわけだから。
 つまり、老いた人工衛星は退屈していたのだ。少し遊びたくなったのだ。
 人工衛星は、よく見える目を持っていた。地球を何百年も観察し続けていた。それ以外にすることはなかった。だから、地球上の「街」という「街」をよく知っていた。己にも
「街」を作ろうと考えた。
 「街」には「道」があり、さまざまな「建物」があった。人工衛星は「教会」がお気に入りだった。鐘があるから。それから「回転木馬」も好きだったそれからそれから。
 石畳の道を作った。広場も作った。もちろん回転木馬をそこに配する。大きな教会には、ステンドグラスと鐘。
 百年の間に、少しずつ、少しずつ、街を作った。しかし、何かが足りない。何かが足りない。
 人工衛星は考えた。一生懸命考え、地球を観察し直したが、人工衛星が思い描いていた街は三百年前にはもう朽ち始めていた街だったのだ。いくら観察しても、そんな街は、もう地球のどこにも残っていない。
 思い出すのに四十八年掛かった。そうしてやっとわかったのだ。
「街灯」だ。
 人工衛星は自分の街に街灯を立てた。そして、「ぽっ」「ぽっ」とひとつひとつ明かりを灯していった。
 地球の人々が夜空を見上げる。忘れられた人工衛星が輝いている。

架空非行 第6号