両手両足に腕時計をした人がいる。
彼の四人の祖父母の形見なのだそうだ。
時計はいずれも壊れているのだが、時々思い出したようにチクタク、と動くことがある。
そんな時、彼は、祖父母の匂いや、皺やシミだらけの手をありありと思い出して、おんおんと人目も憚らずに涙を流すのだ。
2010年1月9日土曜日
もっと長い夜に
君が腕時計を外してスーツのポケットに入れたら、キスの合図。
抱きすくめられながら、私はポケットの中に手を入れる。
腕時計に「魔法」を掛けるのだ。手探りで竜頭を見つけると、引っ張ったり、くるくる回したり、軽く爪で弾いたり。
腕から外されて、気を抜いていた君の腕時計は、多いに混乱しているはずだ。『まだ零時ですよ。 いいえ、まだまだ二十二時でした……?』
君は「夜は長いよ」なんて囁くけれど、いつだって瞬く間に明けてしまう。だから、「長い夜になるため」の小さないたずら。
今日は、ちょっと毛色の違ったものが書けた。エロが足りない?謝ります。ごめんなさい。
豆本なんかを作っているから、さぞや器用な人だろうと思われがちだが、不器用だ。そしてどんくさい。
湯たんぽに、蛇口から湯を入れるだけで、なんでこんなにびしょびしょになるんだ……。
抱きすくめられながら、私はポケットの中に手を入れる。
腕時計に「魔法」を掛けるのだ。手探りで竜頭を見つけると、引っ張ったり、くるくる回したり、軽く爪で弾いたり。
腕から外されて、気を抜いていた君の腕時計は、多いに混乱しているはずだ。『まだ零時ですよ。 いいえ、まだまだ二十二時でした……?』
君は「夜は長いよ」なんて囁くけれど、いつだって瞬く間に明けてしまう。だから、「長い夜になるため」の小さないたずら。
今日は、ちょっと毛色の違ったものが書けた。エロが足りない?謝ります。ごめんなさい。
豆本なんかを作っているから、さぞや器用な人だろうと思われがちだが、不器用だ。そしてどんくさい。
湯たんぽに、蛇口から湯を入れるだけで、なんでこんなにびしょびしょになるんだ……。
2010年1月8日金曜日
アストロン
その時計店には、文字盤しか売っていなかった。
店の中には、籠がひとつあって、その中に腕時計の文字盤が、ざらざらと入っている。それだけ。
「僕は腕時計が欲しいんです」
店主は、
「まあ、とにかく気に入るのをお探しなさい」
と、諭すようなことを言う。
僕は仕方なく、籠の中を漁り、細いラインが並ぶ白地の文字盤を選んだ。
「ほぅ、若いの、これは随分と由緒あるものだよ。ちょっと長旅になるが、大丈夫かい。いや、心配はいらない。そうだねぇ、四分くらいかな。向こうでは四十年だけれどね。時計が君に自己紹介をしたくてウズウズしているよ」
店主に渡した文字盤は、いつの間にかベルトもクォーツもついていた。
「さぁ、腕に嵌めて。ぴったりじゃないか。よく似合うよ。ほら、針が動き出した」
見ると、秒針が反対回りに動いている。これは、一体どういうことだ。
「時間旅行だ。この時計が見てきたものを、そっくり見てくる旅だよ」
店主の声が、ぐるぐると渦巻いて遠くなった。
タイトルの「アストロン」は、初のクォーツ腕時計(セイコー製)の名前です。
実は、書いてからクォーツ時計について軽く調べて、アストロンを知ったのだけど、1969年の12月発売らしい。本当に40年だった(驚)ので、こりゃ使わない手はないとタイトルにした次第。
店の中には、籠がひとつあって、その中に腕時計の文字盤が、ざらざらと入っている。それだけ。
「僕は腕時計が欲しいんです」
店主は、
「まあ、とにかく気に入るのをお探しなさい」
と、諭すようなことを言う。
僕は仕方なく、籠の中を漁り、細いラインが並ぶ白地の文字盤を選んだ。
「ほぅ、若いの、これは随分と由緒あるものだよ。ちょっと長旅になるが、大丈夫かい。いや、心配はいらない。そうだねぇ、四分くらいかな。向こうでは四十年だけれどね。時計が君に自己紹介をしたくてウズウズしているよ」
店主に渡した文字盤は、いつの間にかベルトもクォーツもついていた。
「さぁ、腕に嵌めて。ぴったりじゃないか。よく似合うよ。ほら、針が動き出した」
見ると、秒針が反対回りに動いている。これは、一体どういうことだ。
「時間旅行だ。この時計が見てきたものを、そっくり見てくる旅だよ」
店主の声が、ぐるぐると渦巻いて遠くなった。
タイトルの「アストロン」は、初のクォーツ腕時計(セイコー製)の名前です。
実は、書いてからクォーツ時計について軽く調べて、アストロンを知ったのだけど、1969年の12月発売らしい。本当に40年だった(驚)ので、こりゃ使わない手はないとタイトルにした次第。
2010年1月6日水曜日
この町のシンボル
町で一番高い塔の天辺についた時計は働きもので、一度も狂ったことはなかった。
町に暮らす誰もが塔に時計がついていることを知っているのに、塔は高く、時計は小さかったので、どんなに目のよい人でも時計を読むことはできなかった。
ある時、町を大きな地震が襲う。塔は、ゆさゆさと揺れ、ポキリと折れてしまった。
瓦礫の中から顔を出す時計。町の人や猫や犬が集まってきた。皆、塔の時計を見るのは初めてなのだ。
瓦礫は片付けられずにそのまま残った。もちろん時計もだ。文字盤が傷だらけになったけれど、時計は狂わずに動いている。
人や猫や犬は、瓦礫に埋もれた時計を見下ろし、時刻を確認して、満足する。
時計も、ようやく本来の仕事が出来て満足する。
この町のシンボルはかつて塔だった瓦礫と、そこに埋もれている正確な時計だ。
町に暮らす誰もが塔に時計がついていることを知っているのに、塔は高く、時計は小さかったので、どんなに目のよい人でも時計を読むことはできなかった。
ある時、町を大きな地震が襲う。塔は、ゆさゆさと揺れ、ポキリと折れてしまった。
瓦礫の中から顔を出す時計。町の人や猫や犬が集まってきた。皆、塔の時計を見るのは初めてなのだ。
瓦礫は片付けられずにそのまま残った。もちろん時計もだ。文字盤が傷だらけになったけれど、時計は狂わずに動いている。
人や猫や犬は、瓦礫に埋もれた時計を見下ろし、時刻を確認して、満足する。
時計も、ようやく本来の仕事が出来て満足する。
この町のシンボルはかつて塔だった瓦礫と、そこに埋もれている正確な時計だ。
2010年1月4日月曜日
占いの館
占い師は、小柄な品の良い老婦人で、さっぱりとしたブラウスにカーディガンを着ていた。私が持っていた幾つかの占い師のイメージとは大きくかけ離れた、やさしそうなおばあさんだった。
占い師の傍らには大きな水晶のクラスターがある。中には小さな懐中時計が埋まっていた。後から埋め込んだようには思えない。
私が覗き込むように時計を見ていると「あら、よく気がついたわね」と占い師は微笑んだ。
「この時計が止まる時、それは私は占いを止める時。もうずいぶん前から遅れていて、すっかり時間は狂っているのに、なかなか止まらないのよ。もう120年も経ってしまった。この時計が止まらないと、私は死ぬ事もできないの」
私が驚きを隠せぬまま占い師を見つめると、占い師は「さ、始めましょう」と見慣れぬカードや羅針盤のような道具を取り出した。
カードを操る指先や、まじないを唱える小さな声が心地よい。
カチリと音がして、占い師の声が止まる。傍らの水晶が曇る。
水晶が曇ったせいでよく見えないけれど、おそらく時計が止まったのだろう、と理解する。
たちまち占い師は砂のように崩れ、後には白い骸骨と曇った水晶と、結果を聞き損なった占いが残った。
私は曇った水晶クラスターを抱えて、占いの館を後にした。
水晶を割ったら時計の螺旋を巻くことができるかもしれない、と考えながら、家路を急ぐ。
占い師の傍らには大きな水晶のクラスターがある。中には小さな懐中時計が埋まっていた。後から埋め込んだようには思えない。
私が覗き込むように時計を見ていると「あら、よく気がついたわね」と占い師は微笑んだ。
「この時計が止まる時、それは私は占いを止める時。もうずいぶん前から遅れていて、すっかり時間は狂っているのに、なかなか止まらないのよ。もう120年も経ってしまった。この時計が止まらないと、私は死ぬ事もできないの」
私が驚きを隠せぬまま占い師を見つめると、占い師は「さ、始めましょう」と見慣れぬカードや羅針盤のような道具を取り出した。
カードを操る指先や、まじないを唱える小さな声が心地よい。
カチリと音がして、占い師の声が止まる。傍らの水晶が曇る。
水晶が曇ったせいでよく見えないけれど、おそらく時計が止まったのだろう、と理解する。
たちまち占い師は砂のように崩れ、後には白い骸骨と曇った水晶と、結果を聞き損なった占いが残った。
私は曇った水晶クラスターを抱えて、占いの館を後にした。
水晶を割ったら時計の螺旋を巻くことができるかもしれない、と考えながら、家路を急ぐ。
2010年1月3日日曜日
時計屋の一番古い時計の話
時計屋のおじさんの仕事は、毎朝商品の時計をやわらかい布で軽く磨くことから始まる。
腕時計も目覚まし時計も、壁掛け時計もカラクリ時計も、おじさんは一つ一つやさしく埃を拭い、時間を正確に合わせていく。
おじさんの時計合わせは秒針まできっちりするから、正午になったその瞬間、店中の時計の針が真上を向く。けれど、かならず二秒遅れる時計がある。時々、三秒遅れることもある。
たとえおじさんが二秒進めて時計を合わせても、正午には二秒遅れる、そんな呑気な時計なのだ。
その時計は、おじさんのひいじいさんの頃から店に出ている時計で、要するに売れ残りだ。
店で一番古いその時計は、もはや骨董に近い品物だけれども、他の時計と同じように値札がついていて、いつ売れてもよいように澄まして並んでいる。
どうしても二秒遅れてしまうのは、秒針を作った職人がほんの少し、のんびり屋だったから。
だから、ちょっと売れ残ったくらいは気にしない。なにしろ一番忙しいはずの秒針がのんびり屋なのだから。それだけの話さ。
システム手帳の中身を新しい年のものに入れ替えた。
手帳の整理をするたびに、入れっぱなしになっているハタチ前後の頃に撮ったプリクラをどうしようか迷う。結局、いつも捨てられない……。
プリクラ発生期?の頃に高校生だったので、プリ帳なんぞを作っている級友も大勢いたけれど、私は興味がなかった。
なもんで、残っているのは10枚もないんだけれど、少ないがゆえにそれなりに思い出もあったりして、どうにも処分する踏切りがつかない。困ったもんだ。
腕時計も目覚まし時計も、壁掛け時計もカラクリ時計も、おじさんは一つ一つやさしく埃を拭い、時間を正確に合わせていく。
おじさんの時計合わせは秒針まできっちりするから、正午になったその瞬間、店中の時計の針が真上を向く。けれど、かならず二秒遅れる時計がある。時々、三秒遅れることもある。
たとえおじさんが二秒進めて時計を合わせても、正午には二秒遅れる、そんな呑気な時計なのだ。
その時計は、おじさんのひいじいさんの頃から店に出ている時計で、要するに売れ残りだ。
店で一番古いその時計は、もはや骨董に近い品物だけれども、他の時計と同じように値札がついていて、いつ売れてもよいように澄まして並んでいる。
どうしても二秒遅れてしまうのは、秒針を作った職人がほんの少し、のんびり屋だったから。
だから、ちょっと売れ残ったくらいは気にしない。なにしろ一番忙しいはずの秒針がのんびり屋なのだから。それだけの話さ。
システム手帳の中身を新しい年のものに入れ替えた。
手帳の整理をするたびに、入れっぱなしになっているハタチ前後の頃に撮ったプリクラをどうしようか迷う。結局、いつも捨てられない……。
プリクラ発生期?の頃に高校生だったので、プリ帳なんぞを作っている級友も大勢いたけれど、私は興味がなかった。
なもんで、残っているのは10枚もないんだけれど、少ないがゆえにそれなりに思い出もあったりして、どうにも処分する踏切りがつかない。困ったもんだ。
2010年1月2日土曜日
哲学する時計の話
この古びたゼンマイ式の時計は、実際ずいぶん精緻な造りで、大変によい時計なのだが、主人がずぼらなせいで時を刻まぬ時間のほうが長い。
時を刻めぬ時間、この老時計は考え事をしている。
『時計なのに時を刻まず、その間にも時は過ぎゆく。』
老時計は、ずぼらな主人の手に渡ったがために、己の存在について深く悩んでいたのだ。
『吾刻む、故に吾在り。』
しかし、主人が気まぐれに慌ただしくゼンマイを巻くせいで、せっかくの思考は歯車の回転に巻き込まれ、砕けてしまう。
昨夜、主人は珍しく一月一日午前零時に時計を合わせた。歯車が動き出す。
しばしの間、老時計は無心になる。
おみくじは大吉でした。
時を刻めぬ時間、この老時計は考え事をしている。
『時計なのに時を刻まず、その間にも時は過ぎゆく。』
老時計は、ずぼらな主人の手に渡ったがために、己の存在について深く悩んでいたのだ。
『吾刻む、故に吾在り。』
しかし、主人が気まぐれに慌ただしくゼンマイを巻くせいで、せっかくの思考は歯車の回転に巻き込まれ、砕けてしまう。
昨夜、主人は珍しく一月一日午前零時に時計を合わせた。歯車が動き出す。
しばしの間、老時計は無心になる。
おみくじは大吉でした。
登録:
投稿 (Atom)