龍はなぜだか世界を旅してみたくなったのだ。そして、よりによってサハラで迷ってしまった。
せめて水が、一滴でもあれば。だが龍は自力で動く力は残っていない。宝珠も耀きを失い、くすんでしまった。
今、龍は駱駝の背の上に乗せられている。二つのこぶの間に掛けられた龍はだらりと垂れ、干からびかけて小さくなっている。これでは、トカゲに笑われてしまうが、どうしようもない。
駱駝は黄色い歯を見せながら、オアシスに連れていってやるから心配するなと言った。
いつもは近い月がやけに遠くに見えるのを不思議に思いながら、龍は駱駝に揺られて砂漠を行く。
(260字)
2009年5月9日土曜日
2009年5月8日金曜日
昼寝
授業に疲れると、いつもそっと教室を抜け出す。先生も、クラスの皆も何も言わない。別に無視されているわけではなくて、ただ当たり前のこととして。そんな皆の態度が、僕には何よりもありがたかった。
学校には空き教室がたくさんある。十年くらい前はまだこの辺りにも大勢子供がいたから教室が足りなくてね、と教頭先生は教えてくれた。でも今じゃ、使われている教室よりも空き教室のほうが多いくらいだ。
空き教室と言っても、それぞれ雰囲気が違う。美術室として使っていた部屋はなんとなく絵の具の匂いがするし、普通の教室もしんとした教室もあれば、ざわざわした気分になる教室もある。僕の一番のお気に入りは、「あの子」に逢える教室。
その教室は四階の奥から二番目にある。二階の自分のクラスを出て、授業の声を聞きながらそっと廊下を歩き、階段を昇る。歩いているうちに少しづつ具合が悪かったのが和らいでくるような気がする。
目的の教室に辿り着き、ドアを開けると花の香りが僕を包む。ピンク色のカーテンが目にまぶしい。ほかの教室は緑色っぽいカーテンだけれど、ここだけかわいらしいピンク色だ。その理由を訊ねると、「あの子が好きだった色だからだよ」と教頭先生が教えてくれた。僕が初めて教室を抜け出して、校舎をうろうろとしている時にこの教室に連れてきてくれたのが、教頭先生だった。
窓は閉まっているのに、カーテンがふうわりと膨らむ。僕は念入りに床を探し回る。どこかに影猫がいるはずだった。最近は影猫もかくれんぼが得意になって、探すのが大変だ。花瓶を倒さないようにしなくちゃ。
ようやく教卓の影からしっぽが伸びているのを見つけた。
「にゃあ?」
教卓から出てきた影猫を抱いて、あの子の座っていた一番前の席で僕は少しだけ眠る。
NHKパフォー 投稿作品
学校には空き教室がたくさんある。十年くらい前はまだこの辺りにも大勢子供がいたから教室が足りなくてね、と教頭先生は教えてくれた。でも今じゃ、使われている教室よりも空き教室のほうが多いくらいだ。
空き教室と言っても、それぞれ雰囲気が違う。美術室として使っていた部屋はなんとなく絵の具の匂いがするし、普通の教室もしんとした教室もあれば、ざわざわした気分になる教室もある。僕の一番のお気に入りは、「あの子」に逢える教室。
その教室は四階の奥から二番目にある。二階の自分のクラスを出て、授業の声を聞きながらそっと廊下を歩き、階段を昇る。歩いているうちに少しづつ具合が悪かったのが和らいでくるような気がする。
目的の教室に辿り着き、ドアを開けると花の香りが僕を包む。ピンク色のカーテンが目にまぶしい。ほかの教室は緑色っぽいカーテンだけれど、ここだけかわいらしいピンク色だ。その理由を訊ねると、「あの子が好きだった色だからだよ」と教頭先生が教えてくれた。僕が初めて教室を抜け出して、校舎をうろうろとしている時にこの教室に連れてきてくれたのが、教頭先生だった。
窓は閉まっているのに、カーテンがふうわりと膨らむ。僕は念入りに床を探し回る。どこかに影猫がいるはずだった。最近は影猫もかくれんぼが得意になって、探すのが大変だ。花瓶を倒さないようにしなくちゃ。
ようやく教卓の影からしっぽが伸びているのを見つけた。
「にゃあ?」
教卓から出てきた影猫を抱いて、あの子の座っていた一番前の席で僕は少しだけ眠る。
NHKパフォー 投稿作品
2009年5月6日水曜日
おじさんの家
おじさんの家は、廃屋同然のボロ小屋で雨露を凌いでいるかどうかも怪しいような有様だった。おじさんは別にオケラではなかった。ちゃんと働いていたし、高級なレストランに時々連れて行ってくれた。
そんなおじさんも年を取り、病院の寝台でうつらうつらするだけになった頃、僕は訊いた。
「ねえ、どうしてあんなボロい家に住んでいたの?」
おじさんは薄く目を開けて、ニヤリとした。しゃがれ声で切れ切れにこう言った。
「あの家の、雨漏りは、どんな水より甘かった」
雨漏りってよりそのまま雨だったじゃないか、と僕が笑うと
「そうだっけなあ」
と言ってまた眠ってしまった。
おじさんの家は、まだそのままある。今度の週末の天気予報は、雨だ。
(298字)
そんなおじさんも年を取り、病院の寝台でうつらうつらするだけになった頃、僕は訊いた。
「ねえ、どうしてあんなボロい家に住んでいたの?」
おじさんは薄く目を開けて、ニヤリとした。しゃがれ声で切れ切れにこう言った。
「あの家の、雨漏りは、どんな水より甘かった」
雨漏りってよりそのまま雨だったじゃないか、と僕が笑うと
「そうだっけなあ」
と言ってまた眠ってしまった。
おじさんの家は、まだそのままある。今度の週末の天気予報は、雨だ。
(298字)
2009年5月3日日曜日
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