きみが海に帰ると言ったとき、ぼくは心底哀しかった。
海に帰るということは、水の泡になるということだ。きみの身体は鱗一枚も残らない。たとえここでぼくがきみの鱗を引っかいて、むしって、硝子の瓶に入れておいたとしても。
そんなことを考えていたせいか、ぼくはきみの鱗を逆立つように撫で回していた。
ざりざりざりざり
――やめて。鱗が剥がれちゃう。
ざりざりざりざり
――なんだよ、水の泡になるくせに、鱗が惜しいのか。
ざりざりざりざり
――そうよ。すべて均等に泡になりたい、一斉に。それ以上の何があるの?
何もないから、哀しいのに。
2008年1月8日火曜日
2008年1月6日日曜日
ちらちらと瞬くひかり
ちらちらと輝く彼女のひとみを見ていると、僕は雪の降った朝のことを想う。
あの朝は快晴で、前夜に降った雪が眩しかった。
僕は夜更かしの顔で外に出て、雪の上につっぷした。
雪の中で目をあけると、やっぱりちらちらと輝いていた。真っ白くちらちらと瞬くひかりの世界に沈み込んだ僕は、ぼぅっとなって起き上がれなくなってしまった。
気がついたときには高熱で、布団の中でうなされていた。
彼女のひとみの中は、まるっきりあの雪の中とおんなじで、このまま見つめていたらきっと僕は熱を出す。それでもいいや、と僕はちょっと思っている。今度の熱は氷枕じゃ下がらないかもしれないけれど。
あの朝は快晴で、前夜に降った雪が眩しかった。
僕は夜更かしの顔で外に出て、雪の上につっぷした。
雪の中で目をあけると、やっぱりちらちらと輝いていた。真っ白くちらちらと瞬くひかりの世界に沈み込んだ僕は、ぼぅっとなって起き上がれなくなってしまった。
気がついたときには高熱で、布団の中でうなされていた。
彼女のひとみの中は、まるっきりあの雪の中とおんなじで、このまま見つめていたらきっと僕は熱を出す。それでもいいや、と僕はちょっと思っている。今度の熱は氷枕じゃ下がらないかもしれないけれど。
2008年1月5日土曜日
取り返しのつかない失態
惚れた男は幽霊だった。
そうと知ってはいたものの惚れた弱み、まぐわって、子を産んだ。
産まれた子は幽霊ではなかったが、やたらと若い女の幽霊に媚びを売られ、ほいほいとついていく。次々と女についていくから息子はなかなか家に寄り付かないが、息子の子を孕んだ幽霊は、なぜか私の元に居座る。
今、私には嫁が8人と、孫が11人いる。全員幽霊だ。嫁も孫も皆かわいく、よくしてくれるが、ちょっとばかり肩身が狭い。私も早く幽霊になりたくて剃刀を持ち出したこと数知れず。
けれども8人の嫁が「いけません、おかあさま」とやるもんだから、死ぬに死ねない。
そうと知ってはいたものの惚れた弱み、まぐわって、子を産んだ。
産まれた子は幽霊ではなかったが、やたらと若い女の幽霊に媚びを売られ、ほいほいとついていく。次々と女についていくから息子はなかなか家に寄り付かないが、息子の子を孕んだ幽霊は、なぜか私の元に居座る。
今、私には嫁が8人と、孫が11人いる。全員幽霊だ。嫁も孫も皆かわいく、よくしてくれるが、ちょっとばかり肩身が狭い。私も早く幽霊になりたくて剃刀を持ち出したこと数知れず。
けれども8人の嫁が「いけません、おかあさま」とやるもんだから、死ぬに死ねない。
2008年1月3日木曜日
ビールの友
「昔な、」
とちょっと赤い顔になった親父が言い出したので、またいつもの昔語りが始まったと思ったら、そうではなかった。
「ビールを飲み始めると必ず会う男がいたんだ。最初に会ったのは、どこだったかなぁ。新宿……いや、代々木だったかなぁ。まぁ、ビールを飲んでいて隣の奴と意気投合、話が弾んだのがそいつだった。背の高い男だったな。優男なんだが、よく飲むんだ。たまたま隣合っただけの奴だと思っていたのに、それからしょっちゅう会った。どこの飲み屋でも。あぁ、田舎のパブで会った時にはさすがに驚いたよ。出張で、なんて言ってたけどどんな仕事かは話そうとはしなかったな。で、俺がウィスキーなんか始めると、いつの間にかいなくなっちまうんだ。どんなに話が盛り上がっている時でも。店のママやバーテンに訊いても、あらまぁ、って言いながらニコニコするだけなんだ。どこの店でも、全く同じ。みんなニコニコするだけで、突然居なくなるあいつにも店員にも毎度腹が立ったね。おかしな奴だったよ」
あいつ元気かなぁ、と親父は呟いたけれど、そういえば俺は親父がビールを飲むところを見たことがない。
とちょっと赤い顔になった親父が言い出したので、またいつもの昔語りが始まったと思ったら、そうではなかった。
「ビールを飲み始めると必ず会う男がいたんだ。最初に会ったのは、どこだったかなぁ。新宿……いや、代々木だったかなぁ。まぁ、ビールを飲んでいて隣の奴と意気投合、話が弾んだのがそいつだった。背の高い男だったな。優男なんだが、よく飲むんだ。たまたま隣合っただけの奴だと思っていたのに、それからしょっちゅう会った。どこの飲み屋でも。あぁ、田舎のパブで会った時にはさすがに驚いたよ。出張で、なんて言ってたけどどんな仕事かは話そうとはしなかったな。で、俺がウィスキーなんか始めると、いつの間にかいなくなっちまうんだ。どんなに話が盛り上がっている時でも。店のママやバーテンに訊いても、あらまぁ、って言いながらニコニコするだけなんだ。どこの店でも、全く同じ。みんなニコニコするだけで、突然居なくなるあいつにも店員にも毎度腹が立ったね。おかしな奴だったよ」
あいつ元気かなぁ、と親父は呟いたけれど、そういえば俺は親父がビールを飲むところを見たことがない。
ほう、それが正体か
着替えを終えた者は、儚げな少年だった。
「ほう、これが正体か。百戦錬磨の兵、若いとは思っていたが、思っていた以上に幼いな。この細腕で一体幾人を……」
少年は薄い着物を纏い、その細い腕を所在なさそうにぶらぶらとさせながら
「なぜ俺にこんな格好をさせるのだ!」
と怒鳴った。
青年は構わず、少年を値踏みするように見やる。
傍らには鎧兜が転がっていた。あちこちに飛び散った血はまだ乾いていない。
例の小兵を必ずや生け捕りにしろと命令した大将は、この少年を最初から慰みものにするつもりだったのだ。大将が自分に飽きているのは、もうわかっている。
青年は少年の耳に囁いた。「いいことを教えてやろう」
息を吹き掛けられた耳が赤くなる。
大将は壁の穴からそれを覗き見ている。
「ほう、これが正体か。百戦錬磨の兵、若いとは思っていたが、思っていた以上に幼いな。この細腕で一体幾人を……」
少年は薄い着物を纏い、その細い腕を所在なさそうにぶらぶらとさせながら
「なぜ俺にこんな格好をさせるのだ!」
と怒鳴った。
青年は構わず、少年を値踏みするように見やる。
傍らには鎧兜が転がっていた。あちこちに飛び散った血はまだ乾いていない。
例の小兵を必ずや生け捕りにしろと命令した大将は、この少年を最初から慰みものにするつもりだったのだ。大将が自分に飽きているのは、もうわかっている。
青年は少年の耳に囁いた。「いいことを教えてやろう」
息を吹き掛けられた耳が赤くなる。
大将は壁の穴からそれを覗き見ている。
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