2006年12月11日月曜日

コーヒーが冷めたら

喫茶店に通い、老人とコーヒーを飲む猫がいた。
猫は老人に懐いてはいたが、老人と朝の語らいをするために喫茶店へ通っているわけではない。
あくまでも、コーヒーを飲むためである。
猫は雪のように白い毛をしている。
その白い姿を褒めたり羨んだりする者は、人にも猫にも大勢いたが、猫は黒い毛皮に憧れていたのだ。
黒い水を飲めば、毛皮も黒く輝くのではないか、と猫は思う。
そんな猫の気持ちを知ってか知らずか、老人は今朝も二杯のモーニングコーヒーを注文する。
ちょうど冷めたころ、白い猫はやってくる。

2006年12月8日金曜日

コーヒーへの道

たまごを割ったらコーヒーが出てきたら、便利だろうなあ。
なんて思ったら、いてもたってもいられなくなり、ニワトリを買ってきた。
毎日コーヒーを飲ませている。エサにはインスタントコーヒーをまぶして与えている。
ひと月くらい経ったころから、少し黄身が茶色くなってきたような気がした。
ふた月くらい経つと、たまご自体が茶色くなってきたような気がした。
み月待つと、ニワトリの羽が茶色くなってきたような気がした。
でも、たまごを割ってもコーヒーは出てこない。
僕は待ちきれなくて、イライラしてくるから、どんどんコーヒーを飲む。
ちょっと胃が痛い。

2006年12月6日水曜日

角砂糖と脱脂綿

自転車で派手に転んで怪我をした僕を家に招きいれたその人は、コーヒーを沸かしはじめた。
膝や肘、あちこちから血を滲ませたまま、僕はソファーでその様子を見ていた。
怪我を消毒してくれる気配はない。鼻唄をうたいながら、のんびりコーヒーの支度をしている。

出来上がったコーヒーは二つのカップと一つの小さなボールに注がれた。
角砂糖と、脱脂綿が運ばれてきた。
そして、ボールに入ったコーヒーに脱脂綿を浸した。コーヒーで、その人は僕のキズを洗いはじめたのだ。
不思議と染みなかった。じんわりと温かく、撫でられているようだった。
ピンセットを持つ長い指をぼんやりと見ながら、僕はコーヒー消毒に身を任せていた。

あの人は本物の魔女だったのかもしれない。
怪我は翌朝起きると、かさぶたさえ残っていなかったから。

憧れのブラック

カラスがコーヒーを飲んでいた。車止めに腰掛けるように留まっている。白いカップが眩しい。
その姿が渋く決まっていたので、かなり妬けた。
僕はもうすぐ高校生なのに、コーヒーにはたっぷり牛乳と砂糖を入れないと飲めないから。

2006年12月4日月曜日

滲む味

そのまま、続けて。
裸でソファーにもたれカフェオレを飲む私を、彼は執拗に舐めまわす。
カフェオレを飲んでいる最中の私は、カフェオレの味がするというのだ。
ジュースやココアやカクテルでも試したのだけれど、ただ「私の味」がするだけだという。
カフェオレだけが、私の肌や粘液を通過してしまうのかしら。
それにしても、いちいちカフェオレを飲ませるなんて「私の味」が不味いと言われているようで、ちょっと癪。
あぁ、もっとカフェオレを飲みたい。でも、立ち上がれない。
空のカップを持つ手に力が入る。

2006年12月3日日曜日

夢、破れる

「珈琲ノ瀧」という滝に行くのが、長年の希望だった。
しかし、どこにあるのか、とんとわからぬ。
各地の図書館で、文献を調べること三十数年。
ようやく珈琲ノ瀧の在りかを見つけたのだ!
私はすっかり年を取ってしまった。だが、幸い足はまだ動く。

珈琲ノ滝は、草原に唐突にあるのだった。
天からコーヒーが注がれているような光景である。
湯気が立ち込め、コーヒーの香りが辺りに漂う。
私は、愛用のコーヒーカップを持ち、滝壷に入っていった。長靴越しにコーヒーの熱さを感じる。
滝の流れにカップを差し出すと、コーヒーカップは強い水圧で粉々に砕け散ってしまった。

2006年12月1日金曜日

今夜は眠れない

コーヒーの中は温かく、目が冴えているような、まどろんでいるような、不思議な感覚だ。
彼が「今日はコーヒー風呂にしたよ」と言った時には、冗談だと思った。
バスルームを開け、濃厚なコーヒーの香りと焦げ茶色の湯を見た時には、何の罰ゲームなのかと思った。
足を付けるのをずいぶんためらったけれど
師走の夜、一度裸になったのに湯に入らないのは辛い。
わたしは諦めてコーヒーに身を浸したのだった。
こんなにコーヒーの香りを全身に纏って、今夜は眠れないかもしれない。彼はどうするつもりだろう?