2006年3月12日日曜日

不完全燃焼

男は、マッチを山に植える。
マッチが十年かけて二十メートルの高さにまで育つころ、木の先端はいよいよ赤く膨らみ、その時を待つ。
風でしなり、側の木と触れ合った時、或いは火の粉を浴びて
マッチの木は一気に炎の葉を繁らせる。
素裸の男は風に揺らめく赤い葉を見上げる。
急激に葉の勢いが衰え、表情を曇らせた男は、途端に息が荒くなる。
もうずいぶん前から酸素が足りないのだ。本来なら、男は倒れていなければならない。

2006年3月9日木曜日

ゴキブリの断末魔

ケベックの老人の首すじに、ゴキブリがご機嫌伺い。
だが、老人は「串刺しの刑を執行する!」
ケベックの老人は語気が荒い。


There was an Old Man of Quebec,—
A beetle ran over his neck;
But he cried, "With a needle I'll slay you, O beadle!"
That angry Old Man of Quebec.

2006年3月7日火曜日

夕暮れの遊び

ニシに吸い込まれそうな太陽を相手に、子供は鞠で遊ぶ。
どんなにはしゃいでも、素早く鞠をついて見せても
太陽は留まることはできず、どんどんニシが吸い込んでいく。
けれど子供はニシが憎いわけではない。
ニシに吸われる太陽の色が、子供は一番好きなのだ。

《笛子》

中国の竹製の横笛。

2006年3月6日月曜日

情け

水溜まりで溺れているところを助けてやったぜんまいがえるはやたら饒舌だった。
「やや、忝ない。有り難きき幸せ。ああ、助かった。痛み入りますでござる。ご恩は忘れん。あ、そんなことまで。恐縮。感謝感激」
「おまえ、漫才でもやれば?」
と皮肉を言うと
「滅相もない」
を二本足で歩きながら36回繰り返した。

《Marranzanu》

マランザヌは、イタリアの口琴

2006年3月5日日曜日

エイリアン

私が学生時代、もっとも親しくしていた男は、異なる星の人だった。
「なんと言う名の星なのだ?」
と尋ねと友は歌うように発音したが、何度真似てもその銀色の声は出なかった。
私は声を聞きたくて、いろいろと質問した。
両親の名は? 兄弟の名は? 好きな食べ物は? Good morning.はなんと言う?
今思うと、なんて失礼なことをしたのだろう。
しかし彼は、嫌な顔せずに答えてくれた。
彼は今、病院にいる。まもなく死ぬだろう。
銀色の血液をした人は、地球にいない。

《Buzok》

ブゾックはレバノンのギター系の弦楽器

2006年3月4日土曜日

満足なクジラ

ウェールズの娘が鱗のない巨大魚を捕まえた。
獲物にウインク、「九時だ!」と叫び、潮を吹いたウェールズの娘。

There was a young lady of Wales,
Who caught a large Fish without scales;
When she lifted her hook,
She exclaimed,"Only look!"
That ecstatic Young Lady of Wales.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』ちくま文庫

2006年3月3日金曜日

短くなった舌

熱帯にお住まいの鰐口長舌のじいさんは、山盛り魚を皿ごと一気に飲み込んだ。
長い舌もついでに飲み込み、咽喉を詰まらせた熱帯のじいさん。

There was an Old Man of the South,
Who had an immoderate mouth;
But in swallowing a dish,
That was quite full of fish,
He was choked, that Old Man of the South.

エドワード・リア『ナンセンスの絵本』より