2006年2月11日土曜日

星が降るから

百年に一度の星降る夜に、屋上で寝転がる。
コートを着て、マフラー巻いて、手袋付けて。
星は予想以上によく降った。
キラキラと星が落ちてくるのを眺めていると、なんだか宇宙に引き込まれそうな気持ちになる。
細かい星だから、口や鼻にも入って来る。くしゃみが止まらない。
あちこちのビルからくしゃみが聞こえてきて笑ったら、もっとくしゃみが出た。
あの子も星を吸い込んでくしゃみをしているかな。
そういえば、僕はまだ、あの子のくしゃみを聞いたことがない。

《Piano》

2006年2月9日木曜日

友からの手紙

絵画を前にして大声をあげて涙を流すのは初めてだったよ。
もっとも君は、私がこの絵の中の婦人と話していることのほうが驚くだろうけれど。
彼女の声は、どこまでも美しいが、時折動けないことを嘆き震えた。
友よ、私はどうしたと思う?
絵画に手を差し入れて、婦人を引っ張りだそうとしたのだ。……私は婦人に恋をしていた。
存外、簡単に手は入った。肘も入った。けれども、何も触れるものがない。
「もっと奥よ」と彼女が言うので、私は目一杯腕を伸ばして、中を探った。動かせるだけ動かした。
「ありがとう、もういいわ……」と涙声が聞こえて、私は仕方なく手を抜いた。
絵の中に彼女はいなかった。何が描いてあるのか、わからなくなっていた。私が目茶苦茶に手を動かしたから、絵が掻き混ぜられたのだと理解した。
その証拠に私の腕は、絵の具で塗れていた。
私は己の手で、愛しい人を消してしまったのだ。……一度も触れることなく!

《Lute》

2006年2月8日水曜日

甘い硬貨

「……もっと甘いのが欲しかったのよ?」
グラスを置きながら彼を睨むと、指先からコインが出てきた。
突然の手品に思わず見とれる。
彼は、それをグラスに勢いよくぶつけた。けたたましい音がすると思いきや、「チュッ」と口づける音がする。
一口呑むと、注文通り甘くなっていた。

《Tenor Saxophone》

2006年2月6日月曜日

Rendezvous

ほうれん草の缶詰が好きなアイツが華奢なあの娘と踊ってる。
ほら、ご覧!錨のマークもスウィングしてるよ。
よしな、あの娘は他の野郎は目に留まらないんだ。
妬けるねぇ、まったく。

《Cornet》

2006年2月5日日曜日

休息

ゆりかごに揺られているのは、52枚のカードだった。
私は見なかったことにしてすぐそこを去ったが
(誰だって昼寝の顔は見られたくないものだ)
すぐ後に強い風が吹き、つむじ風に巻かれて天に昇る彼らを見ることになった。

《Harpe》

2006年2月3日金曜日

プレリュード

森の奥に小さな湖がある。冬になると湖は間違いなく凍る。
彼はたぶん十一才だ。十才にしては大人びているし、12才にしては華奢だから。
彼は、凍った湖の上に薪を組んで火をつけた。
湖の真ん中で炎が揺れている。
彼は凍った水面にどっかり腰を下ろして、炎を見ていた。時々薪を足して、うまく火を育てている。
暗くなっても炎が消えることはなかった。私の家の窓から木々の隙間から湖が見えるのだ。
私は眠った思いの外よく眠れた。
朝、湖には炎はもちろん、少年も薪の燃え残りもなく、凍っている。

《Flute》

2006年2月2日木曜日

毒の味

魔女が薬を作っている。僕に飲ませる毒薬に違いない。
しかしどうにも手つきが怪しい。
目にも留まらぬ速さでナイフを動かしているが時々「イタッ」とかわいらしい声を出して、僕を睨む。
僕は囚われの身で、猿轡を噛まされ後手に縛られているのだから、どうすることもできない。
……本当は縄が緩くて手が抜けそうなんだけど。
ようやく毒薬が出来上がったらしい。魔女はそれを指で掬って舐めた……いけない!
それは毒だ!
僕は立ち上がって、魔女を抱きしめ、強引に唇を奪った。
どうせ、僕が飲む毒薬だもの、どこから飲んだって一緒じゃないか。

《Marinba》