2006年1月9日月曜日

First Contact

産まれたばかりの赤ん坊が、息もつかずに喋り続けている。
「誰と喋ってンだろ。」
僕は外に出た。弟の交信相手を探すために。
弟の声が小さくなるのと入れ代わるように別の声が聞こえてきた。
一度も途切れず続く喋り声。何を言ってるのかわからないけれど。
「この声だ」
慎重に声を辿る。
もう家は見えない。まだロクに外に出たこともない赤ん坊がこんな遠くまで声を届けているなんて。
だんだんと近付いているのがわかる。弟の交信相手はもう、すぐそこだ。
相手に会ったらなんて挨拶しようか…たぶん赤ん坊だよな。

立ち止まった僕は段ボール箱の中で鳴く子猫を抱き上げた。

《Highland Pipe》

老いた少年の歌声

少年は九十二才である。
いたずらが大好きな彼は、ニヤリと目を輝かせると、曾孫の靴を履いて外に出て、歌い始めた。
あまり大きな声ではないけれど、行き交う人の中には足を止めて聴き入る者もある。
「どうもありがとう」
満面の笑みの少年が、曲がった腰をもっと曲げてお辞儀をする。
曾孫の靴を脱ぐと、コインやキャンディーをひとつづつ拾い、靴の中に入れる。
コインやお菓子で一杯になった靴を大事に抱えて、少年は家に帰る。
曾孫の驚く姿を想像しながら。

《Fagotto》

2006年1月5日木曜日

二人は雪の上に

積もった雪の上で妖精を見つけた。二人いる。
姿かたちはそっくりなのに一人はテキパキしていて、もう一人はしゃなりとしている。
二人の妖精は、せわしなくおしゃべりをしている。
飛んだり跳ねたりしながら大声で言い合ったり、ひそひそ囁きあったり。
でも私には何を言っているのか、わからない。
しゃがみ込んでいたら、お尻が寒くなってきたので声を掛けた。
「何話してんのさ?」
案の定、妖精は消えてしまった。
でも小さな小さな足跡は、しっかりと雪に残っている。
春にはこれも解けてしまうけれど。

《津軽三味線》

愉快な混乱

黄金に輝く湖の水面を、弟は舞っていた。
弟はもう私より背が大きいのに湖の上で舞う姿は華奢で、はかなげで、たどたどしい。
湖の上で踊ってどうして沈まないんだろ、と思いながら、私は目が離せなかった。
弟は、しばらく水面でつつつ、と舞っていたが
突然高くジャンプして、水中に飛び込んだ。
撥ねた水が私を濡らす。
それを見て笑う弟の顔は、ずいぶんたくましくて、私は愉快な混乱に陥る。

《Horn》

2006年1月3日火曜日

超合金の目玉が空を見る

超合金のトラちゃんが、女の子を背に乗せて歩く。
まるく冷たい肉球で大地を踏み締める。
「トラちゃん、見て」
と女の子は空を指差す。
「どれどれ?」
トラちゃんと女の子は色とりどりのキャンディがキラキラと輝きながら降ってくるのをうっとりと眺めた。

《Sitar》

2006年1月2日月曜日

Cat's Tears

洗濯物を干していたら、猫がやってきて私の足にじゃれる。
くすぐったいので、ひょいと抱き上げたら、猫ははらはらと涙を流していた。
とめどなく流れる涙が朝日を浴びてキラキラしている。
「悲しいの?」
と猫に聞いた。猫は違うという。
「痛いの?」と聞いても「苦しいの?」と聞いても「寂しいの?」聞いても違うという。
猫は消えいるような声で、すごく楽しい、と鳴いた。

《Soprano Saxophone》

2006年1月1日日曜日

鐘の音

ヒャクとヤッツが鐘を鳴らす。
ヒャクが大きい鐘を、ヤッツが小さな鐘を。
ヒャクの鐘の音は大地を走り、ヤッツの鐘の音は空を駆け抜ける。
二人が年に一度鳴らす鐘は、地平線の向こうまで届くのだ。
ところが雨が邪魔をする。雨粒が鐘の音を飲み込む。
いくら鳴らしても、二人の鐘は響かない。
それでも雨は、二人の笑顔までは阻止できない。
だからヒャクとヤッツは鐘を放さない。