2005年12月9日金曜日

百年の恋

「モンドくん、モンドくん明日の天気はどうだね?」
とレオナルド・ションヴォリ氏が言うので主水くんは鉛筆片手に無線機に向かった。
主水くんは、熱心にノートに何やら書き留めてから無線機のスイッチを切り、ションヴォリ氏に告げた。
「博士、明日の降水確率は80%、薔薇の香りです」
ションヴォリ氏は飛び上がって喜ぶ。
「ほっほーい!」
翌日、薔薇の香りの雨がしっとりと降る中、ションヴォリ氏はばら色のスーツにばら色のレインコート
ばら色の長靴にばら色の傘を差し、薔薇の花束を抱えて、墓参りに出かけた。
初恋の人、ロザンナに会いに行くために。
レオナルド・ションヴォリ氏は、じいさんだ。
どれくらいじいさんかと言うと、年がわからないくらいのじいさんだ。

2005年12月7日水曜日

表情

銀杏の葉がすっかり落ちて、道が眩しい。
そこを目の前にして、僕は立ち止まる。昨日、雨が降ったから。
人に踏まれ雨に濡れた銀杏の葉に、僕の恋人は飲み込まれた。ちょうど一年前。
ぬぼぬぼ ぬぼ ぬぼ
一瞬前まで「黄色い道だよ」とはしゃいでいた彼女は黄色い道に沈んで消えた。
ここを通れば、彼女に会えるのかもしれない。
だけど、僕は行かない。
沈んでいく彼女の表情は、見たこともないくらい恍惚として醜かった。
僕はあんな顔をさせられないし、見たくもないから。
僕はくるりと向きを変えて歩きはじめた。
空が青い。

2005年12月5日月曜日

追い雨

突然の大雨で町はちょっとした騒ぎになった。
天気予報士は「一日中晴れ」と自信満々だったのに、この雨。
その雨の中を堂々と歩く紳士がいた。
傘はなく、スーツは色が変わり、歩く毎に靴から水が溢れる。
だがそれを気にする様子はない。
雨はそれが面白くて仕方ない。夢中で紳士を追い掛ける。

2005年12月4日日曜日

馬鹿げた話

「かたつむりが傘差して歩くくらい可笑しなことはないね!」
と親父が言った。
傘を差して歩く親父の禿頭の上をかたつむりが歩いている。

2005年12月3日土曜日

拾いもの

雨の日の晩に男の子を拾った。
段ボールの中でうずくまって震えていた。
髪から滴が落ち、頬は真っ白。
大きな黒目でじっとこちらを見ている。
連れて帰り、びしょり濡れた身体を拭いてやった。
いくら拭いても彼の身体は濡れたままだった。
タオルを何枚も使って身体中を拭いた。
男の子は黙って立っている。そういえばこの子の声を聞いていない。
タオルを持つ手にだんだん力が入らなくなってきて
「おかしい」と思った瞬間に、男の子は消えてしまった。
後には床の水溜まりとぐっしょり重いタオルだけ。
私は何をしてたのだろう。

2005年12月2日金曜日

紳士のたしなみ

前夜からの雨がいよいよ強くなってきた時、ウサギが訪ねてきた。
玄関を開けると、傘を差し長靴を履いたウサギがニッコリと微笑み
「とんだお天気で」
と言った。
ウサギも傘を差すのか、と感心しながら中へ招くと
ブルッと身震いして水しぶきを私に浴びせる。
「傘を差してきたのに、なぜ身震いするのだ」
と文句を言うと
「余所様のお宅に上がる時のエチケットだ」
とのたもうた。

2005年12月1日木曜日

退屈な雨の日

雨粒氏が言うには「アクビってのは実によくできている!素晴らしい!」
ぼくは、適当に相槌を打ちながらアクビをした。
「ハラショー!ブラボー!ワンダフル!」
雨粒氏が騒ぐからまたアクビが出る。