2005年10月11日火曜日

最初の審判

臍の緒を腹からぶら下げたまま、その人はローズグレー色の目玉で私の顔を見つめている。
思慮深く冷静な視線で、私は観察された。

新生児の泣き声がする。

【rose grey C0M10Y20K50】

2005年10月9日日曜日

ウィスタリアのライン

 八歳の時、好きな子がいた。年下の子供だった。初恋と呼んでよいのか、どうか。
 ある日、ウィスタリアの三本のラインを地面に見つけた。あまりにもきれいだったのでラインを辿って歩くと三輪車に乗った子供がいた。
ドキドキした。
「見つけた」と思った。
その子が通ると、地面には三本のウィスタリアのラインが残るのだった。それはつまり、三輪車タイヤの跡なのだけれど。
 あの子に会いたいときにはウィスタリアのラインを辿った。あの子を見つけるといつもドキドキした。そして、後について歩いた。
時々あの子は振り向いて、笑った。
その瞬間だけ、ウィスタリアは途切れた。
もっとドキドキした。

【wistariaC50M45Y0K0】

2005年10月7日金曜日

お茶の時間

カップの中に、セルリアン・ブルーの小さな湖が広がった。
香りと味は、セイロンティーのそれなのに、何度も瞬きしても色は変わらない。
テーブルの向こうに座ってお茶を飲んでいる人形の瞳と同じ色だ。

【cerulean blueC80M0Y5K30】

2005年10月5日水曜日

天馬

「エルム」と私は馬を呼んだ。エルムグリーンの毛色をしていたからである。
エルムは年寄りの牝馬だった。ある日突然ひとりでやってきて、何十年も主がいない我が家の馬小屋に住み着いた。
エルムは無口な馬だった。声も滅多に出さず、気配も淡かった。
エルムに乗って草原へ入ると彼女の体は草葉に紛れ、
私は広大な草原を独りで浮遊しているような心持ちになった。
そんな時は半ば縋るようにエルムの首筋を撫でたものだ。
そうして自分とエルムが生きて確かめた。何度も何度も確かめた。
エルムと過ごした時間はそれほど長くはない。我が家へ来た時、すでに十分年を取っていたのだ。
だがエルムは、私の前では死ななかった。
一晩で羽根を生やし、最初で最後のいななきを響かせ、軽やかに飛びたっていったのだ。

【elm greenC0M0Y80K40】

2005年10月4日火曜日

毛糸玉

メイズ色した毛糸玉が籠山盛りにできた。
三年かけてやっとこさ貯めたタマネギの皮で染めたのだから玉蜀黍の色なんて言うのは笑っちゃうけど
出来上がった毛糸はメイズと呼ぶのにふさわしいような、ぽかぽかしたかわいらしい黄色になった。
猫が早速、籠の中に入ってじゃれている。

【maizeC0M15Y70K0】

2005年10月2日日曜日

涙の効果

褪せたセピア色の写真を見せると、祖母は泣いた。
涙は頬を伝って落ち、写真を濡らし
「ありがとう、もう十分」
とだけ言って写真を私に返した。
私の手には、鮮やかな天然色の祖母の青春があった。

【sepiaC0M36Y60K70】

2005年10月1日土曜日

外国から届いた手紙の話

「キナリ、手紙だよ。プキサからだ」
と船旅から帰ったばかりの船長が封書を差し出した。
長い名の絵かきは、異国へスケッチ旅行に出掛けている。
「あれ? 外国語だ……船長読んで」よし、と船長が読みはじめる。
「親愛なるエクルへ。ナンナルやチョット・バカリーは元気かい? こちらは寒い日が続いています。ヌバタマが喜びそうなおいしいミルクを毎晩温めて飲んでいます。――今日描いた小品を同封します。今暮らしている部屋から見た風景だよ。満月の晩に。プキサより」
少女は尋ねる。
「エクル? キナリに来た手紙じゃないの?」
「もちろんプキサがキナリに書いた手紙だよ。エクルはフランス語でキナリという意味だ」
「エ、ク、ル……エクル……」
少女はその名前が「キナリ」の次に気に入った。
「ねぇ、ナンナル。エクルって呼んでみて」
月は、ひどく照れた。

【ecru beigeC0M8Y20K4】