2005年3月7日月曜日

春の使者

梅の花は咲いた。
「さてと」
私は一年振りにステッキを取り出した。おじいさんと呼ばれて腹が立つことはないが、杖を使うほど足は衰えてない。
「仕事だよ」
ステッキのお役目の時が来たのだ。
私はステッキを持って散歩に出る。石を見つけてはステッキの先でちょいちょいと突く。
蝶が飛び始める前に、全部済ませなければならない。
石にだって春の訪れを知らせてやらなきゃ、えらいことになるのだから。
石ころを突くのは老人の特権だ。

2005年3月6日日曜日

マジックではないマジックのこと

レオナルド・ションヴォリ氏、本日は掃部くんと外遊び。
ションヴォリ氏がちょうちょを捕まえる。
「ほいさっ!カモンくん、捕まえたぞ」
掃部くんの着ている変な動物の着ぐるみについている12のポケットのうち寝てばかりのネズミの羅文と四文が入っているポケットに、掃部くんはちょうちょをしまう。
ちょうちょが入ってきてネズミは目を覚ました。羅文と四文はちょうちょで遊ぶのが大好き。羅文と四文にあれこれくすぐられて、ちょうちょはたまらず飛び出した。
「れおなるど、ちょうちょがたくさん」
へんな動物のお腹から、おびただしくちょうちょが飛び出す。
「1.2.3……あー、待て待てちょうちょ。そんなに飛び回っては数えられないではないか。もう一度。1.2.3……」
ポケットに入れたちょうちょは一頭。ポケットから出たちょうちょは空一面。
掃部くんは驚きもしない。

2005年3月5日土曜日

春の呪文

ウラウラテフテフヒラヒラ

2005年3月4日金曜日

困った人たち

私の周りには蝶が好きな人が多い。
ママは蝶の柄のカーテンやベッドカバーがお気に入りで、隣のマサくんは蝶を捕まえて標本にしている。
クラスで仲良しのケイちゃんは、チョウチョのキーホルダーを名札に付けている。いつも身につけていたいんだって。
ママが私を褒める時と、ベッドカバーを丁寧に直す時は、同じ顔。
マサくんが標本を自慢するときと、私を「俺のカノジョ」を紹介するのは同じ顔。
ケイちゃんは「あげはちゃん」をどこでも連れて歩きたがる。あーあ。

2005年3月2日水曜日

新学期

「アサギマダラ。安田くんに、ぴったりね」
五年生の担任になったマサミ先生は、始業式の後、ぼくにそう耳打ちした。
ぼくの蝶に気付いたのは、おばあちゃんだけ。先生は二人目だ。すごくすごくびっくりした。でも、すごくすごくすごくうれしい。
たぶん今年はがんばれる。うん。先生の目はキレイだ。

2005年3月1日火曜日

新氷河期のはじまり

煙突から蝶が昇る。
工場の煙突、銭湯の煙突、暖炉の煙突、釜の煙突、汽車の煙突。
その日は世界中の煙突から煙の代わりに蝶が吐き出された。
あちこちで排出された蝶が空へ向かって舞いあがる。
世界は火を止めた。

ついに自動車もバイクも蝶をふかす。エアコンの室外機からも換気扇からもコンピューターのファンからも蝶が飛び出す。
世界は自主的に停電した。

空一面に蝶。
科学者は世界最大のコンピューターから排出された蝶を捕まえた。新種の蝶だった。それを確認して電源を切る。

世界中の昆虫マニアは満足した。実に268年振りの蝶の新種だ!と。彼らは例外なく自分の家の煙突や車やパソコンから出た蝶を捕獲していた。

蝶で覆われた夜は暗く静かだった。そうだ、夜は暗いのだ。人々は368年振りに闇を知った。

翌日、空の蝶は跡形もなく消えたが、その夜も暗かった。そして空腹だった。
あらゆる煙突、空気孔が完全に塞がってしまったから。
ほら、火も電気も使えない。

降るまで

 退屈だった。朝食のメニューも、通学路も、先生の冗談も、友達との会話も、すべて退屈だった。
 昨日は赤い絵の具の雨が降った。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて真っ赤に染まった。
 今日は青い絵の具の雨が降る。アスファルトもビルも、芝生も街路樹も、信号機も車も、傘も靴も、すべて紫に染まっていく。
 明日は何色の雨が降るのだろう。やがてこの世は真っ黒になるのかもしれない。そう思うと、うそみたいに退屈は消えていった。


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500文字の心臓 第47回タイトル競作投稿作
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