2002年12月8日日曜日

コウモリの家

引っ越したばかりの家に帰り、明かりを点ける。だが、部屋はうす暗い。
よく見ると天井という天井にコウモリが張りついているのだった。
「これはどうしたものかな」
「心配は無用です、旦那様」
「旦那様?私のことか?」
「はい、旦那様。新しい旦那様にご挨拶を申し上げます。旦那様が起きる頃我々は眠り、旦那様が眠る間に我々は活動します。我々はこれから食事に出掛けます」
「あ、あぁ」
コウモリは消えた。
それ以来、コウモリには遭遇していない。
かすかな気配で彼らが出掛けるのを感じるだけ。なかなか素敵な共同生活。

2002年12月7日土曜日

黒猫を射ち落とした話

「あの電信柱のてっぺんにいる猫を狙ってください」
言われた通り弓矢を持って駆け付けると
お月さまはかなり焦っていた。
はやくとせかされ、八本も外してしまう。
ようやく九本目、猫に矢が刺さった。
血は流れず、矢にもやもやとしたものが集まるのが見えた。
やがて矢は猫の体から抜けて空へ飛んでいった。
「悪い星に取りつかれたんです。手遅れにならなくてよかった」
落ちてきた黒猫は傷もなく、幸せそうに寝ていた。
「明日には目覚めるでしょう」
黒猫はお月さまに抱かれて行ってしまった。

2002年12月6日金曜日

A TWILIGHT EPISODE

いつもより二時間早く家を出た。
夜明けの町を歩くのはスクリーンの中にいるようで気恥ずかしい。
靴音とともに背筋も伸びる。
前からやってくるのは牛乳配達ロボットだ。
「オハヨーゴザいます」
「やぁ、おはよう」
今度は新聞配達の異星人だ。
「おはよう」
「……」
なかなか愛想がいい。角が青く光ったから。
あれは俺の親父だ。
「父さん、おはよう」
無視。まぁ仕方ない。幽霊だし。
あ、お月さまだ。
酔っ払っている。すれ違わないようにこの角を曲がろう。

2002年12月4日水曜日

煙突から投げこまれた話

お月さまを迎えにいこうと夕暮れの『黒猫の塔』に向かった。
街灯に寄り掛かり煙突を見上げてどれくらいたっただろうか。
だいぶあたりが暗くなってきたと思うと煙突の真上の空で何か光が見えた。
その光はどんどん大きくなり、光に吸い込まれるような気がして目を逸らすことができない。
そのうちに見上げた空は光でいっぱいになり……

「どこか痛いところはありませんか?」
「はぁ……ここは……どこですか?」
「『黒猫の塔』の中ですよ。煙突から落ちてきたので驚きましたよ」
お月さまの目がキラリと光った。まるで猫の目みたいだった。

2002年12月3日火曜日

THE MOONRIDERS

近ごろ「ムーンライダース」なる暴走族が取り沙汰されている。
爆音を撒き散らしながら夜の住宅街を駆け巡る。
ところが住民は大喜びなのだ。
「ムーンライダース」が通った夜から三日は赤ん坊が夜泣きしないという。
その噂を聞き付けた隣町住民は「ムーンライダース誘致作戦」を展開しはじめた。
「ムーンライダース」と関係が深いと見られる男は沈黙を守っている……。

「この『男』っていうのはあなたでしょう?実際はどうなんですか?」
新聞を見せながらお月さまに聞いたが答えはやはり沈黙だった。

2002年12月2日月曜日

月のサーカス

三日月ブランコに乗っている小さな女の子。
毎日練習できなくて寂しいだろうね。
でも満月玉乗りの道化少年はもっと可哀相。
ひと月に一度しか稽古できない。
こればっかりはどうしようもないけどなんだか申し訳なくってね、と話すのはお月さま。
本番は師走の一ヵ月間。
毎晩一種目づつゆっくりとお楽しみいただけます。

2002年12月1日日曜日

電燈の下をへんなものが通った話

「あ、今あそこに何か通った」
「どこ?」
「電燈の下。ほらあそこになんかへん……」
「ほんとだ。へんなものだ」
「なんだろ、あれ」
「へんなものだよ」
「へんなのは、見ればわかるよ」
「だからへんなものだよ」


若人の友情が壊れないかと心配になったが
「通称へんなもの」の正体を教えてやることはできない。
やっかいな約束をしてしまったのだ、お月さまと。