2002年9月9日月曜日

SMOKE GETS IN MY EYES

香を焚いたら、やたら煙が多くて、咳き込んでしまった。
「おっかしいなぁ」
と涙をぼろぼろ流しながら、香立てを見るとお香はコーヒーに変わっていた。
コーヒーは、とてもおいしかった。
空のカップを香立てに載せると、さらさらと灰になった。
僕も灰になった。

2002年9月8日日曜日

消えない十字架

遅い朝食の後、コーヒーを飲んでいた。
彼女は僕のコーヒーをひとくち飲むと、僕のパジャマのボタンをひとつ外した。
ヒトサシユビが僕の胸を静かになぞった。
僕は黙ってその動きを見ていた。
赤い十字が浮き上がり、そして崩れた。
痛くはなかったが、ひどく悲しかった。
彼女は十字架から溢れた血を舐め、「ありがとう」と涙を一粒こぼして消えた。
今でもその十字架は僕の胸にある。

2002年9月7日土曜日

Crying out loud

大人になれば泣くことはないと思ってた。
小さい頃は泣きながらいつも心は冷めていたから。
「もっと大声で泣いてやろうか?飽きてきたから泣き止もうか?」って。
でも本当に喚きたいのは大人になってからだ。
テーブルのコーヒーカップを薙ぎ倒したくなるのは大人になってからだ。
パジャマのまま、どしゃぶり雨に射たれて叫びたい。
でも、それはできないのよ?
連れ戻して頭を撫でてくれるはずの大きな手は消えてしまった。
だからわたし、泣いている。

2002年9月6日金曜日

G・Rain

三日も雨が降り続いていた。
コンクリートの壁はじっとりと汗をかいている。
俺は通りのオープンカフェでコーヒーを飲んでいた。
コーヒーは都会のカビくさいような埃っぽい雨の匂いに負けて、何の風味もしない。
今、俺はここで人を待っている。
あまり愉快な待ち合わせではない。
「よぉ。洒落たカフェでコーヒーなんて、たいそうなご身分だな」

2002年9月4日水曜日

悩み

俺は悩んでいた。
家に居ては絶望するばかりなので、駅前の喫茶店に行くことにした。
幸い、時間は有り余っている。
気の済むまでコーヒーでも飲んでいればいい。
その行き帰りの道のりも運動になっていいかもしれない。
早速出かけようと、靴を履きながらハタと気付いた。
喫茶店では悩みが深まるばかりだ。
俺は今、眠れなくて困っているのだ。

2002年9月3日火曜日

マニキュア

妻にとってマニキュアを塗るという行為は儀式だった。
彼女はまずコーヒーを入れる。
それから、手を念入りに洗って、マッサージする。
そして何十色もある中から一つを選び、
お気に入りのチェアーに掛けて、ライトを点けて
塗りはじめる。右手の親指から。
僕は妻の入れたコーヒーを飲みながらそれを眺める。
僕の見ている前でしか、妻はマニキュアを塗らない。
それは僕にとっても儀式だった。
コーヒーはいつもとなぜか味が違う。
妻の顔も、いつもとはなぜか違う。

2002年9月2日月曜日

おばあさんが話してくれたこと

病院でよく会うおばあさんが
「お茶でも飲みましょう」
と喫茶店に誘ってくれた。
そこは10代の僕は遠慮してしまうような、雰囲気のある店だった。
要するに、古くてボロかった。
おばあさんは生まれて初めてのデートで飲んだ、これまた生まれて初めてのコーヒーのことを話してくれた。
それはブラックコーヒーと同じくらい苦くて寂しくて、でもいい香りがした。
「そんな大切な思い出をなんで僕に?」

おばあさんの微笑みの意味は祖父が持っていた。