2019年2月25日月曜日

あの街が聞こえる

赤ん坊と、その付き添いの人の家は、地下深くにあった。
重い扉を開くと、白い静寂があった。
「連れ合いが耳の良過ぎる人だったので、静かな部屋を探しました」
と、地上にいる時よりも小さな声で、説明を受けた。
着替えの服を受け取って欲室へ向かう。
シャワーの水音がティンパニーでないことを、一瞬不思議に思い、そんなことを感じたことに戸惑った。
膝も掌も傷だらけだったが、大したことはなかった。初めに転倒した時の顔の傷が一番酷い。入念に洗い流す。
貰った服を着ると、知っている匂いがした。

「連れ合いは、見えず消えずインクのスタンプを押され、子を残して、旅立ちました」
傷の手当を受けながら、一人語りを聞く。
「音楽が好きで、大好きで。でも耳が良過ぎて、満足に聴けなかった」
「今頃、どんな街にいるのだろう」
視線の先に、写真があった。美しい人が、そこにいた。
服の匂い、甘い痺れ。
鼓動がメトロノームの音だったあの街に、繋がった。