十月某日、曇。夏の服を仕舞う。次の夏もちゃんと着られるかどうか不安がよぎる。体形や体調の少しの変化で服の着心地は悪くなる。こちらの変化だけでない。服も冬の間に劇的な変化を遂げる物がある。この夏、半年ぶりに出した黄色い羽織ものには羽が生えていた。すぐ飛ぼうとするので着られなかった。
懸恋-keren-
超短編
2025年10月31日金曜日
2025年10月21日火曜日
暮らしの140字小説42
十月某日、曇。新聞社内の喫茶店にて茶を飲む。客は少なく店内は昏いが茶はうまい。漣のように輪転印刷機の音が響く。インクの匂いが濃くなり、喫茶店の外を行き交う革靴が増えてきた。革靴はどれも草臥れている。喫茶店の隣は靴修理の店だが、シャッターは閉じていた。もう誰も靴を磨きはしないのだ。
2025年10月18日土曜日
暮らしの140字小説41
十月某日、晴。早朝、散歩をしているとバスの車庫から大欠伸が聞こえた。人間のいる気配はない。バスも欠伸をするのだなと感心しているとこちらも大きな欠伸が出た。バスは欠伸を聞かれたことを恥じたのか小さな警笛を数回鳴らして合図してきた。こんなに小さな音で警笛を鳴らせるのかとまた感心した。
2025年10月14日火曜日
暮らしの140字小説40
十月某日、晴。金木犀の香りで目が覚めた。窓を開けたまま寝ていたのだ。この日は一日中、どこに行っても、家の中でも金木犀の香りがした。しかし金木犀の木を見掛けることはなかった。出逢わぬほうがよいのかもしぬ。いつか聞いたことがある。あの小さな橙色の花が振り積もる処は隠世と通じていると。
2025年10月6日月曜日
暮らしの140字小説39
十月某日、曇。奇妙に蒸し暑い日が続いている。以前から疑っていた場所に行くことにした。宇宙から落ちてきたような建造物のある公園へ。予想に違わず宇宙の落とし物が水蒸気の発生源であった。熱い霧を噴き出す幾何学的な建造物よ、再び宇宙へ飛び立つのか、地球地下へと沈むのか。除湿機を捧げたい。
2025年9月30日火曜日
暮らしの140字小説38
九月某日、曇。いつもの場所に彼岸花が咲いている。例年、眩いほどの朱色を滴らせる彼岸花たちだが今年は斑に薄かったり、黒ずんでいたり、どうも精彩を欠く。「暑かったもんなぁ」と話し掛けると一斉にこちらを向き、猛暑の深刻さを訴えるのだった。「来年はどうするつもりか人類よ」問われ、口籠る。
2025年9月23日火曜日
暮らしの140字小説37
九月某日、晴。知らない道を歩く。地図を見ていたのに、跨線橋に入る道を見逃して通り過ぎた。すぐ後ろを二人組が歩いているが、これ以上行き過ぎるわけにはいかない。ついと回れ右し、何事もない風を装って二人組とすれ違う。跨線橋を歩く。轟音。山手線が私の下を走る。まもなく知っている道に出る。