2013年7月9日火曜日
失われた都市(お題:失われた都市
風も吹かず、砂粒一つも動かない有様を見て人々は恐れ、都市の行方に思いを馳せる者は少なかった。
都市の人々が変わらず活動しているということに気がついたのは七歳の少年だった。
六十歳年上のペンパルからの便りが三日遅れていることを気に病んでいた彼は、ポストを開けた瞬間小躍りした。
封書はいつもよりも些かくたびれた風情ではあった。ペンパルの記した日付は都市が消えた翌日だった。
そのニュースが世界を回ったのを皮切りに、都市にあった会社の商品が届き始めた。金融も動き出した。
電話も出来る。しかし、都市はない。
人々は、砂漠の下に都市がそっくり埋まっているに違いないと掘り返しているが、七十八年経った今でもまだ見つかっていない。
2013年7月7日日曜日
ミルク一滴(お題:雫)
ぽたん
手の甲に水滴を感じた。
見ると、ミルククラウンがゆっくりと立ち上がり、そして消えていった。
雨かと思ったけれど、それは確かにミルクなのだった。
空を見上げると、乳牛の形をした雲が走り去っていった。(102字)
2013年7月2日火曜日
ピラミッド(お題:ピラミッド)
幼い息子が「痛い、痛い」と頻りに指を気にするので見てやると、小さなピラミッドが刺さっているのであった。
「どれどれ、抜いてやろう」と言うと、「ダメ」と怒る。
痛いのは困るだろう、こんなものが刺さっていたらご飯を食べるのも不自由するよと、なんとか宥めて、ようやくピラミッドを抜いてやった。
それは思ったよりすんなりと抜けたが、抜けた途端に砂になってしまった。
「エジプトのピラミッドの一つが崩れてしまった、原因はわからない」というニュースを翌朝の新聞で知ると、息子は「だから、ダメって」と呟いた。私はどうすればよかったのだろうか。
2013年6月27日木曜日
増毛(お題:毛)
幼い娘の髪を切ってやるのは数ヶ月に一度の私の役目であったが、それは妻より私のほうが散髪が巧かったからというわけではなかった。妻に切らせることはできないと、気づいた私がその仕事を買って出たのだ。
切落した娘の頭髪は、またたく間に増殖するのである。毛から次々と毛が生えるのを目の当たりにした私は、それを妻に伝えることができなかった。切り落とした毛ほどではないが、抜け落ちた毛も少しは増えるようである。
「この子は抜け毛が多いのよ。若いからかしらね」と綺麗好きな妻は時々そう言うけれど、娘の奇っ怪な毛の性質については未だ気がついていない。
騙し騙し私が切っていた娘の髪だが、高校生ともなるとさすがに美容院へ行きたがるようになった。
「お父が切るほうがいいだろ?」と言いながら目で問うてみると、娘はクスっと笑った。
娘の行った美容院は間もなく潰れてしまうので、この町から美容院がなくなる日も遠くないだろう。
2013年6月25日火曜日
果物屋(お題:果物)
新しく引っ越してきた町の商店街には立派な果物屋があるのだが、客を見掛けたことがない。
商売やっていけるのかと訝しんでいたが、魚屋のおばさんが「あそこはカブトムシにしか売らないのよ」と教えてくれて合点する。
2013年6月24日月曜日
胃袋反転(お題:空腹)
その男は腹が透けて見える。
初めて見せてもらったときには、「ああ、理科室の人体模型って、正しいんだな」と些か間抜けなことを言ってしまった。
男は腹が透けて見える代わりに、空腹中枢がイカれている(本人談)のだそうで、空腹を自覚することが難しいらしい。
なるべく決まった時間に食事をするように心がけてはいるが、時折腹を覗いて、胃袋の中を確かめなければならない、と。
子供の時は、自分の胃袋に吸い込まれる夢をよく見たらしい。それは、空腹に耐えかねた胃袋が膨張し、腹を突き破り、やがて破裂した胃袋が裏返って自分の身体が己の胃袋に飲み込まれる、というような夢だそうだ。
「最近は滅多に見ないけれどね」と笑う男に俺は笑い返せなかった。その夢は、俺もよく見るのだ。
2013年6月23日日曜日
長い眠り(お題:眠り)
ミイラに添い寝していた猫は、盗掘者のせいで心地良い眠りから覚めてしまった。
ずいぶん抗議したけれど、盗掘者はまさか3000歳の猫とは知らない。
とうとう猫は盗掘者の飼い猫となってしまった。
まあ、起きているのも悪く無いかな、もう3000年くらいは。とひなたぼっこをしながら考えている。