2009年10月4日日曜日

ことり

「コトリコトリコトリコトリ」
ラーメン屋の軒先で飼われている九官鳥のキュウベエは、それしか言わない。
誰かが教えたわけでもないらしい。ただただ「コトリコトリコトリ」と繰り返している。
その声があんまり切ないので、私は時々キュウベエに訊いてみる。
「コトリがどうしたの?」
それでもキュウベエは「コトリコトリコトリコトリ」と繰り返すだけ。

ある朝、私はキュウベエの声で目覚めた。
「コトリコトリコトリガミツケタ」
キュウベエは私のアパートの前で私を待っていたのだった。
「コトリコトリコトリコトリイッテシマウ」
どうやって鳥籠を抜け出したの? ラーメン屋のおじさんが心配しているかもしれない。そんなことを言いそうになったけれど、キュウベエの真剣な眼差しに負けた。
「コトリコトリコトリ」
キュウベエはよたよたと飛びながら「コトリ」を追う。
「コトリ コト リ コトリ コ トリ コト コト コト……」
壊れたテープのような声で喘ぎながら、「コトリ」を追う。
もう飛べなくなってもまだ「コトリ」を追う。
「もういいよ、キュウベエ。ことりは見つかったよ」
私は小さくなったキュウベエをてのひらにそっと包む。
てのひらから伝わるキュウベエのぬくもりは、なぜかとても懐かしい。

(506字)

ことり「第十七回タイトル競作」、タキガワさんと庵さんの作品が呼応してる…競作の奇跡だ。